文字サイズ

◆リオ・グラーナ(9)


「忙しそうだな」
「あぁ、サフィンぼっちゃん、申し訳ないですが、そこの荷物を店内へ入れてもらえませんか?」
「これか、いいぞ」

仕事から戻ったばかりだというのに店の横に山積みの荷物を一気に店内へ運び込む。慣れていて、しかもパワフルだ。屈強な体格というわけでもないのに重い荷物を軽々と運ぶその様子は彼が歴戦の騎士らしく、体を鍛えていることを感じさせる。

「……お帰り」

そう告げるとサフィンは驚いた様子でシンを振り返った。

「あぁそうか。そういえば引き取ったんだった」
「……!!テメエはなんて言いぐさだ!!俺のこと忘れていやがったのか!?」

一気にかぶっていたネコがはげ落ちる。しかしそんな相手に慣れているサフィンはいいや、と真面目に答えた。

「『おかえり』と言われたことがなかったから新鮮でな」
サフィンにとってのポイントはそこだったらしい。シンはがっくり肩を落とした。
その様子を野次馬根性たっぷりに見ていた家族や従業員たちは笑い出した。

「サフィンぼっちゃん、早速尻に敷かれてますなぁ」
「いやいや、嫁さんってのは気ぃ強いぐらいが家庭はうまくいくんですよ」
「あんたは尻に敷かれすぎさね」
「馬鹿いえ、俺は家族のためにわざとそうしてやってんのさ」

周囲は貶し合いながら笑い出す。
サフィンはシンと共に部屋へ戻りつつ、小さく笑った。

「うるさい家だろ?すまないな」
「いいや、居心地いいぜ?」

確かに賑やかな家だが、同じように多くの人々が住んでいた娼館に比べるとずっといい。己の身の上を嘆く声が聞こえるわけでもない。男女のあえぎ声も聞こえない。賑やかな家にあるものは暖かみ溢れる家族愛だ。得られると思ってはいなかった貴重なもの。こういったものならば大歓迎だ。

「確かにうるせえし、真夜中でも人が動き回ってるが」
「荷物の搬入は夜中にやることが多いからな。昼は常に客がいらっしゃるんで、やりづらいんだ」
「あぁ、教えてもらった。けど俺はそういう五月蠅さは気にならねえし、忙しいのは好きだ。お前がいなくても寂しさを感じねえし、こんな俺でも対等に扱ってもらえてるからな」
「…兄が、離れを俺たちの部屋にしていいと言ってくれてる。俺は別の家を借りるつもりだったがどうする?」
「離れがあるのか。じゃあそこで構わねえ。さっきも言ったが居心地いいからな」
「そうか、よかった」
「ところで…チャン家から何もなかったか…?」

ただそれだけが気がかりだった。

「実は元々商売敵なんでな。これ以上仲が悪くなりようがない。心配不要だ」
「あ…なるほどな…」

シンは安堵した。気の良いサフィンの家族に迷惑をかけてしまうことだけが気がかりだったのだ。
用意された部屋へ入るとそのまま口づけられた。高鳴る胸と同時に期待で体が熱くなる。思えば長く離れていた。前にサフィンと体を重ねたのサフィンの出征前だったのだ。
彼にずっと抱かれていなかった。そう思うとますます体が熱くなる。ふれあう体からじんわりと伝わる体温や匂いが体を熱くさせていく。気づくとただの口づけだけでしっかり勃ち上がってしまっていた。

「…早いな…」

ぼそりと呟かれ、ふれあったところから自分の状態が伝わったと気づき、シンは真っ赤になった。性的に未熟な若者ではあるまいし、性技に長けた男娼が一体何という様だろう。

「…っるさい…」

しっかり腰に腕を回されているので逃れようがない。勃っているところが相手の体に当たっているので誤魔化しようもなく、真っ赤な顔のまま悪態をつくと相手は笑って抱きしめる腕の力を強めた。

「俺のだ」
「……ああ」
「俺だけのものだ」

その通りだ。もうサフィン以外の相手にシンは抱かれなくてもすむのだ。
そう思うといきなり目元が熱くなった。
先が見えなかったあのころ。ただ誰かに引き取られることだけでも幸福だと信じていた。
それなのに本当に好きな相手に引き取られ、相手に想われ、しかもその家族も暖かな人々で信じられないぐらい幸福だった。こんな幸福があってもいいのだろうかと思う。朝起きたら夢だったなんてことでも不思議じゃないぐらいの幸せだ。

(あぁ…けどこのまま…)

服越しに伝わる体温を感じつつ、このまま幸福におぼれていたいと思う。夢ならばずっと夢の中で眠っていたい。信じられないぐらい幸せだからこのまま幸せな夢を見続けていたい。
服を脱がされる感触を感じながらシンは目を閉じた。
自然と笑みが浮かび上がる。

「愛してる」

愛の言葉を自然と口にできるこの現実を幸せだと思った。


<END>