ラーディンの馬に乗せてもらい、士官学校の寮へ戻る途中、ラーディンはパン屋に寄り、パンを買ってくれた。育ち盛りだから腹が減っているだろうと気を使ってくれたらしい。
ここのパンは美味しいのだと教えてくれたパン屋はニワトリの看板がかかった移動型のワゴン式パン屋であった。
値札を見たウィダーは少し申し訳なく思った。パンは平均より高めの値段でウィダーには買うのに少し躊躇いがある値段だったからだ。
しかし、高位騎士で高給取りであるラーディンには買える値段なのだろう。遠慮するなと何個も買ってくれた。
(人気あるはずだな……)
背が高くてスタイルがよく、顔もいい上、気配りができる。おまけに嫌みが無く、爽やかな性格だ。さぞモテるだろう。近衛騎士の中でも名の知られた異名持ちで人気が高いことは知っているが、これなら納得がいく。
そうしてたどり着いた寮はちょうど帰宅時間なのか、他の複数の士官学校生と遭遇してしまった。周囲の視線を受け、ウィダーは非常に居心地悪く感じた。
「懐かしいな。スティールと同じ寮じゃないか」
士官学校の寮は複数の棟がある。国のあちこちから生徒が集まってくるため、寮生が多いためだ。
ウィダーが入っている棟はスティールが使っていた棟と同じらしい。
「アンタも寮だったのか?」
「いいや。俺は王都に実家があるからずっと実家暮らしだ。けどスティールが寮だったからよく来てたんだ」
部屋はどこだ?と問われたウィダーは顔を引きつらせた。まさか中まで来るつもりなのだろうか。
「アンタ、入る気かよ?」
「面会依頼出したら入れるだろ」
「入って何する気だよ、帰れ!」
「ハハハ、お前さんなかなか気が強いな。追い払われるのは久々だ。見られちゃヤバイもんでもあるのか?」
「ねえよ!」
「だったら問題ねえだろ」
やりこめられ、ウィダーはいらいらと相手を睨んだ。
その間にラーディンは慣れた様子で面会依頼を寮入り口にある管理人室へ提出した。
そして、憧れの騎士様が来てらっしゃるという、他の寮生の熱い視線を浴びながらウィダーを振り返った。
「何やってんだ、ウィダー。案内してくれよ」
そうして案内された部屋の入り口でラーディンはスッと笑みを消した。
ウィダーが使っている部屋には「いい気になるな」「紫竜の使い手の評判を落とすな」などの悪口が派手に書かれた紙が複数貼られていた。
「気にするな」
ウィダーはあっさり言い、紙を剥いだ。
士官学校生のうち、国からの選抜生は個室だ。だからこの部屋はウィダーだけが使っている。
こういった張り紙にウィダーは慣れている。闇の印の持ち主であるウィダーは幼い頃から嫌われ続けてきた。殴る蹴るなどの直接的な制裁ではない分、こんなこと何でもないのだ。
そうして部屋を開けようとしたウィダーはその扉が印で封じられていることに気付いた。
土の印を使用するその封じは印の技としては初歩的なものだ。使い手の腕がよかったら長時間持つが、未熟な士官学校生では限界もしれている。しかし、その間、部屋に入れないのは確かで解けるのを待つしかない。ようするに嫌がらせとして使われているのだ。
「どいてろ、解いてやる」
ラーディンの腕が淡く輝き、ドアノブに触れた。その際、ラーディンの手元に淡く印の形状が光のように浮かび上がって消えた。
「どこのどいつが、こんな悪戯をしたのか知らないが……」
わざわざ言葉を句切り、ラーディンはやや声を高めた。
「今の悪戯の主が持つ印の形状はしっかり覚えたからな。二度目はない。こいつの敵はスティールの敵。スティールの敵は俺の敵だ」
ラーディンが寮内に入ってきたため、周囲はやや遠巻きにしてこちらを伺っている寮生で溢れていた。当然、ラーディンの声はしっかりと周囲の寮生に聞こえただろう。
ラーディンが部屋に入っていくと、ウィダーは慌てて後を追った。
「おい、なんでわざわざお節介なことを言うんだよ!」
「きったねーな、お前の部屋。掃除しろよ。スティールがいた頃は綺麗だったぞ」
「はぁ?余計なお世話だ!!」
ウィダーの部屋はいかにも男の部屋で、しかも片付けられていない部屋だ。服やタオルなども無造作にあちらこちらに置かれていて、鞄なども放置された状態だ。
「よくねえよ。ここ、スティールがいた部屋だぞ」
「はあ?マジかよ!」
「選抜生は少ないからな。毎年、片手の数いるかいないかだろ。選抜生用の部屋も限られているから、同じ部屋である可能性も高いんだよ。オマケにお前スティールの相手でもあるしな、もしかしてって思ったんだよな〜」
あー、懐かしい、と窓の外から見える風景に嬉しそうな顔をしているラーディンにウィダーはもしかしてそれが目的で来たのだろうかと怪しんだ。そもそも彼がわざわざここまでついてくる理由がないのだからありえそうだ。
「おい、あんた、なんで……」
「気にするな、単なるついでだ。俺はああいう陰険なことが大嫌いなんだ。男らしくねえ」
「俺の問題だろ」
「今まではな。副将軍の運命の相手ってのはそう楽じゃねえぞ。これから、ある程度こちらからも介入していくが諦めるんだな」
「なんだよ、それ!!」
「運命は切り離せない。止めようと思って止められるもんじゃない。生まれつき決められたものだからな。嫌ならせいぜい足掻け」
お節介なほどあれこれ世話を焼いてくれるかと思えば、突き放すようなことをいうラーディンにウィダーは困惑した。この男は優しいのか厳しいのか判らない。一見、優しくて頼りがいがあるように思えはするが、実に掴みにくい人柄だ。
「お前さん、確実にスティールに愛されるだろうからな、ちょっとした嫌がらせだ、許せ」
「はぁ?」
「さてそろそろ本営に戻るか。またな、ウィダー。パンはサラダ入りのヤツがあるから、早めに食えよ」
ひらひらと手を振って、部屋を出ていったラーディンにウィダーは困惑した。本当に訳が分からない事ばかりだ。
「あー、くそ!!何なんだ今日はっ!!」
腹が減った。やけ食いでもするか。
とりあえずパンを食おうと決意したウィダーの目の前で、たった今、閉じたばかりの扉が激しく叩かれ、再び開いた。入ってきたのは友人シェイであった。
「あ、ウィダー!帰ったって聞いて……やっぱり帰ってた!どうだった、お会いしてきたんだろ?」
「今、会わなかったか?」
「会った会った!!緊張して声もかけられなかったけど、送ってもらったらしいな。相変わらず、すっげー格好良かった。よかったな!!ウィダー!!あんなすごい人たちと知り合えて!!」
「あー……いいのか悪いのかわからねえよ……」
シェイのように純粋に憧れることができればどれほど楽か。
ため息を吐くウィダーにシェイは首をかしげた。
「緊張したのか?確かにあんなすごい人たちといきなり知り合いになれてもちょっと困るよな。ビックリするしさ」
「まぁな。あ、これ、土産だ。お前も食えよ」
「パン?こんなにどうしたんだ?」
「ラーディンが買ってくれた」
「へえ、やっぱり優しい人だな。よかったな、ウィダー」
お礼は言えたのか?と問われ、ウィダーは言葉に詰まった。そういえばまだ言ってなかった。
「言ってねえ」
「駄目だろ。今度お会いした時こそちゃんと言えよ」
「おう……」
(言えたらな……なんか怖えんだよ、ラーディンって……)
ついでに言えば、スティール相手に冷ややかな空気を出していたフェルナンや移動中一言も口を開かなかったカイザードも怖かった。
怖くなかったのはスティールだけだ。
他の方々はどうだった?本営はどうだった?と嬉しげに問うてくる友人に曖昧に答えつつ、これから先、付き合っていかねばならない面々の顔を思いだし、ため息雑じりにパンをかじるウィダーであった。
<END>