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◆指針


ティアンはスティールのクラスメートで緑の印を持つ士官学校の生徒である。
現在は緑の印を持つ者らしく、癒し手を目指している。
癒し手となれば、軍では後方支援担当だ。最前線で活躍し、大きな武勲を立てることは実質不可能となる。軍の花形はやはり最前線で戦う将だ。地位で言えば、大隊を指揮する大隊長辺りになる。実際、闘いの要となるのは軍トップではない。近衛将軍は全体を見て総指揮を執る。その指示を受けて軍を動かし、最前線で剣を振るうのは大隊長たちなのだ。
近衛将軍となるとあまりにも雲の上の人物すぎて、実感が沸かない。
しかし、大隊長となるとそこまで遠い人という感覚はない。普通に憧れることの出来る人たちという感じだ。とはいえ、千人近い部下を持つ実戦指揮官のトップなので、士官学校生の身としては、遠い立場の人であることに違いはないが。

将軍職を目指してみたかった。

後方支援担当となることを決意したが、やはり軍人を目指す身としては、一度は将になってみたいものだ。夢見ることを簡単に諦められるものではないのだ。


目指す部署に合格できるよう、ティアンは後方支援で重要となる調合の課題を解いていた。
その様子を前の席の椅子に座ってぼんやり見ていたスティールがノートの端を差す。

「…ここ違うよ、ティアン」
「え?」
「サルメネは殺菌力のある薬草だけど、その殺菌効果を持つのは葉のみ。根じゃないよ」
「あ、そういえば。ありがとう、スティール」
「ついでに言えば、根の方は解熱剤として使える。けど精製しなきゃ使えない。そのまま人体に入れるには効力が強すぎるんだ。いざってときは噛んで使えないことはないけど、なるべくしない方がいい。すごく苦い」
「さすがに詳しいね、スティールは」

薬師の家に生まれたスティールは薬剤に関する広い知識を持っている。スティールに言わせれば、途中で士官学校に入ってしまったから全然なのだそうだが、士官学校で習うレベルの調合は完全にこなせるという。試験では満点を取っていそうだが、スティールに言わせればそんなことはないらしい。確かに他の教科より成績はいいらしいが、知識がありすぎて、間違って回答していることもあるという。授業で当てられたときも教科書にない薬草の方を答えて、教師に頭を抱えられていた。

「僕より後方支援向きかもね」

スティールは四つの上級印を持つ複数印持ちだ。その四つの中に緑の上級印も含まれている。
ティアンも緑を持っているが上級ではない。
ティアンの印は直径が10cm前後の印だ。印としては通常よりもやや大きいだろう。王都士官学校生は強い印の持ち主が多いので、ティアンの印は平均レベルだ。クラスメートたちも半数以上がティアンと同レベルの印の持ち主だ。しかしスティールは違う。両腕を覆うほど大きな印を持っている。

「そっかなぁ。俺、向いてるかな?」

スティールはちょっと嬉しそうだ。その様子を見てティアンは苦笑した。

(後方支援向きなんて普通は褒め言葉じゃないのに…)

大きな活躍の場がない後方支援は最前線に出て戦う能力がない騎士が回されることが多い。悪く言えば左遷場所なのだ。ティアン自身、緑の印持ちで小柄ではなかったら、目指さなかっただろう。

『お前は後方支援向きだな。…というよりそれ以外目指さない方がいい』

担任教師だけではなく、進路指導の教師にも同じことを言われた。
何人もの生徒達を育ててきたベテラン教師は彼等の行く末もたくさん見てきている。それだけに言葉には重みがあった。彼等の言う『目指さない方がいい』は『目指したら死ぬぞ』と同意義だ。ティアンは反発することなく教師の言葉を受け入れた。……受け入れざるを得なかった。