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◆銀のミーディア

万能の薬草と呼ばれる葉がある。
ペーネと呼ばれるその葉は殺菌作用と解熱作用を持ち、傷にも病にも効く葉として知られている。
どんな土地でも育ち、増やしやすい植物であるため、大陸中で見られる葉だ。
その葉を紋章としているのが薬師のギルド『ペーネの印』である。
病や薬の情報、薬師自身が病に倒れたときに救うため、薬師たちは独自の情報網を作り上げた。
薬師は数が少ないため、その情報網は多くはないものの、しっかりと大陸中に広がっている。
『冒険者ギルド』や『傭兵ギルド』に比べ、目立つことはないが、確かに根付いている。
薬師のギルド『ペーネの印』はそういうものであった。

薬師のギルドに属している薬師は、必ず看板に『ペーネの葉』を象った看板を下げる。
よほどおかしな薬師でない限り、ギルドに属しているために、葉のマークの看板は薬師の看板として大陸中で認識されている。

ロディールはウェリスタ国の薬師の家に生まれた。
家は王都から馬車で四日ほど南へ向かったところにある小さな田舎町ルオークにある。
代々、薬師の家であり、ロディールの兄も薬師だ。この世界において、医師や薬師は代々受け継がれていく職業であり、専門の学校などは存在しないのだ。
田舎では薬師が医師も兼ねているところが多い。ロディールの家もそうであり、ロディールの一家は地元の街の人々の健康を守っている。
そんな一家の元に旅人が訪れた。聞けば東の地から医師を訪ね歩いているのだという。
馬車に乗ってやってきたその患者は夫婦と子供だった。病にかかっていたのはそのうちの母と子の二名だ。
旅をできるだけあり、母子はまだ体力は残っていた。しかし痛みがあるらしく、強い痛み止めを飲んでいるという。症状は酷くなりつつあるため、必死に治癒方法を探しているという。
ロディールの家は田舎にある。旅人達も大して期待はしていないようだ。大きな街の医師にさえ手だてがないと断られたという。しかし、ワラにも縋る思いでどんな薬師や医師にも診てもらっているという。

ロディールはまだ印を得たばかり、兄もまだ修行中だ。
そのため、診察は父と祖父が行った。
父が『聖ガルヴァナの腕』を発動させると、患者を連れてきた男が、おお、という声を上げた。生気で出来た腕を発動する技はそのまま体に入れることができるため、大変治療に便利な技だが、上級印技のため、使える者は珍しい。そのため、腕を発動できるかできないかは大きな違いになる。腕持ちの者はよき医師だと言われるぐらいなのだ。男の眼差しに期待が宿る。
父は透明な腕を患者の体に入れ、探るように動かした。しかし、軽く首をかしげた。
父と祖父の視線が交わる。
続いて祖父が同じく腕を発動させ、体に入れた。そして眉を寄せる。
ロディールの家族は物静かで無口な性格だ。特に父と祖父はその傾向が顕著だ。眼差しで語ることも少なくない。
祖父はここだ、というように老いた指先で患者の胸元付近をトントンと小さく指した。
父が応じて、再度その付近を探るように半透明の腕を動かす。そして、あぁ、と小さく呟いた。

「小さくて判りづらい」
「巣くっている」
「あぁ」
「切って捨てるだけで何とかなるか?卵は?」
「可能性としてはあり得る」
「ふむ」

そこで父が不安げな顔の男を振り返った。

「寄生する何かが胸にいる。とても小さい」
「き、寄生するもの、ですか!!」
「寄生するものは幾つかいる。虫、植物、中には印が印に寄生する場合もある。身喰いと呼ばれる病の一種だ」
「そ、それで治療法は!!」
「治療するだけなら寄生しているものを殺せばいい。ただ、そいつらは増える類のものが多い。他の部位に卵や子が巣くっていないか調べる必要がある」

少し時間がかかるのですぐに完治というわけにはいかないと告げる父に男は深々と頭を下げた。

「原因が分かっただけでも大変ありがたい。どうか、どうかよろしくお願いいたします!!」


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「さて、やるか……」

祖父が小さく呟く。
よく見ていろ、学べ、と父がロディールたちに言い、目を細めた。

「慈愛深き微笑みの…」

老いた声で祖父が歌い始める。それは大きな技を使う証だ。

祖父の指にはまる指輪が淡く輝く。祖父の友である緑竜のもう一つの姿だ。
緑竜は祖父の力を増幅させる能力を持っている。緑竜が祖父の力をゆっくりと波長を合わせて強めていく。
緑竜の補助を受け、祖父の背から生気で出来た腕『聖ガルヴァナの腕』が現れる。
次から次へと現れる腕は色が薄く、形がぼやけている。数えきれぬほど多いその腕は、遠目から見るとまるで翼のように見える。その無数の腕が患者の全身に降り注ぐような生気を浴びせ、周囲は木漏れ日のような光が舞い、まるで幻想的な光景となった。

(翼、か。久々に見るな、あの技は)

『聖ガルヴァナの腕』は緑の上級印技を持つ者じゃないと発動すら難しいと言われる技だ。
幸い、ロディールの家族は女性以外、全員が使えるが、本来はそれほど難しい技なのだ。
祖父のように腕を更にアレンジした技を使える者は、稀少だろう。
若い頃は王家に招聘されたこともあるという祖父だ。無口で栄達を好まぬ性格のため、一部の者にしかその腕の良さは知られていないが、実力は確かなのだ。

無数の腕が体中に巣くうとても小さな寄生虫を一匹残らず探し出し、殺していく。
そしてその虫を負の気で溶かし、同時発動の『毒障浄化』の技で体から抜き取っていくのだ。
祖父の施術は無事完了した。
父がさすがに疲れた様子の祖父に代わり、途中から治療を引き受けた。父も十分腕がいいのだ。
そうして、長く旅をしてきた患者は助かったのである。