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◆黒き火蜥蜴の鎚(18)


一方、ガルバドス軍。
黒将軍アスターは落ち込んでいた。気に入っていた砦を破壊してしまったからだ。

「レナルドォ〜…俺、最初のレバーだけ引いてきてくれって頼んだだろ〜。全部引くなよ〜」
「効果的。大成功」
「いや、そうだけどよぉ……はぁ……俺の最高傑作が…」

砦を設計したのはアスターだ。その際、砦を破壊できる仕掛けを取り付けておくように指示したのも彼だ。
今回は砦攻略にやっかいな部分だけを壊すつもりだった。一部を破壊予定だった。
しかし、おもいきりの良い部下レナルドがタイミングを見計らって全壊させてしまった。
抜群のタイミングで破壊された砦は、籠城していた敵の貴族を全滅させ、ウェリスタ軍の動揺を誘い、完勝することに成功した。
わずかな時間で勝利することができたため、新米の黒将軍であるアスターの評価もグンとあげることができた。
部下たちは一気に上がった評価に満足そうだ。しかし…。

「はぁ…」
「砦なんかまた作ればいいじゃないか」
「建設費用が…」
「金より結果だ。人的被害が少なかったのが一番だ」
「そうだけどよ…。も、もしかしたら、砦に出産間近の妊婦さんがいらっしゃったかもしれないんだぞ!」

アスターの言葉に周囲の側近たちは微妙そうな表情になった。
砦に妊婦というのは経験があるのだ。

「そ、そうかな?」
「それは問題じゃのぅ…」
「うーむ」

そこへレバーを引いた張本人があっさり答えた。

「民間人いない。確認済み。軍人と貴族だけだった」
「そ、そーかよ、それはよかった…のか?」
「よかったんじゃない?結果オーライでしょ」
「いや、よくねえよ!せっかく作った砦が…!」
「もー、いいかげんにしてよね!未練がましい男はなさけないよ!
王都に戻ったら次の作戦の会議があるに違いないんだから、落ち込んでる場合じゃないだろ」

側近のシプリに怒られ、アスターは凹んだ。
そこへずっと無言だったザクセンが軽くアスターの肩を叩き、視線を交えた。
言葉にされぬ励ましにアスターは少し気を取り直した。

「あー、そいつぁ、指名受けねえでいいと思う。今回、出陣したし」
「甘いよ、アスター。次は大きな戦いだからね。出陣する将も多いはずだよ。安穏と遊んでられないって。青将軍時代のように公共工事ばかりで食っていける立場じゃないんだから、しっかり稼がなきゃ」
「そうじゃのう」
「判ったよ…」

夢は建築士だ。しかし何度も引退のタイミングを逃し続け、結局トップの座まで上り詰めてしまった。
やる気はないが、そうも言ってられない立場となってしまっている。友や部下への責任もある。

「ユーリの体調はどうだ?」
「今のところ大丈夫らしいよ。腹部をやられたけど、重要な臓器がやられてなかったのが幸運だったね」
「そいつぁよかった。
ユーリをやったのはディンガルじゃなくて近衛の方の隊だったらしいな。やっぱ近衛は強いな、ウェリスタは」
「ウェリスタのエリート軍は近衛だからね」
「次は配置を考え直さないといけねえなぁ。今回は黒になって初めての戦いだったから手探りみたいなもんだったからなぁ」

主力部隊を砦側に集中させていたのだ。
おまけに兵力の半数ちょっとしか出陣しなかった。
急だったせいで呼べなかった部隊もあった。
アスター軍は十分余力を残していたのだ。

そうして落ち込んだまま、王都に戻ったアスターは、次の戦いの出陣を決める会議で、見事、対ウェリスタ国戦のクジを引き当て、顔を引きつらせることになる。

<END>