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◆奉剣の舞(9)


士官学校には多くの生徒が来ていた。休日なので純粋にスティールたちと同じように剣舞を見に行った生徒たちだろう。
しばらく待っていると、付き添いの教師と代表の生徒たちが馬で戻ってきた。剣舞の時の格好のままのため、実に華やかだ。
歓声と共に、おかえり、おつかれ、という声が飛び交う中、一部の生徒たちは目当ての相手に胸の花を外して渡している。小振りの花束というような作りをしているコサージュは映えるように大輪の花を使って作られているため、小さくとも豪華だ。
そんな中、もっとも注目を浴びている紅蒼の二人はコサージュをつけたままだ。
人混みに紛れつつ、何となく眺めていると、ティアンに背を突かれた。

「スティール、行かなくていいの?お花もらわなきゃ」
「いや、俺、約束した訳じゃないし…」

後輩という立場もあり、遠慮がちにスティールが動かずにいると、ラーディンが軽く手を挙げるのが見えた。
誰に合図しているのだろうとスティールが視線を追うと、周囲をきょろきょろと見回していたカイザードが気づいて、動きを止めたのが見えた。ラーディンは長身のため、気づきやすかったのだろう。

「スティール!来い!」

先輩に命じられると行かないわけにはいかない。
紅のカイザードに呼ばれたことで一斉に周囲の注目を浴びつつ、スティールは人混みを分けて前へ進んだ。

「お疲れ様です、先輩」
「お前来てたのか?」
「はい、ラーディンたちと見ました」
「……で?」
「ええと、そういえば会場で第二軍のニルオス様を見ましたよ」
「……あのな、そうじゃなくて…。はーっ……まぁいい」

スティールはカイザードに花を差し出され、受け取りながらカイザードの胸元を見た。
華やかなカイザードに大輪の赤はとても似合っていた。
だからこそなくなると寂しく思う。スティールはカイザードから花を奪いたくなかった。ずっと見ていたかったから、もらいたくなかったのだ。

「ありがとうございます。でも…」
「ん?」
「これ、すごく似合ってました。だから俺、貴方がつけているところをまだ見ていたいです」
「……お前……」

スティールはお世辞を言う性格ではない。だからこそ普通は褒める剣舞を褒めない。剣のことはよく判らないからだ。
しかし花をつけた姿を綺麗だと思った。だからこそ口にした。
心からの気持ちであることがカイザードにも判ったのだろう。カイザードは顔を赤らめて視線を彷徨わせている。珍しい反応だ。
そこへ青い花が差し出された。隣で様子を見ていたラグディスだ。
紅蒼の二人から花を渡されたことでスティールへの注目が更に増す。ラグディスのファンがいたのか、悲鳴じみた声まで上がっている。

「日頃の礼だ。友人が世話になっている」
「い、いえ、こちらこそ」

礼だと言われれば受け取らないわけにはいかない。それでなくても先輩だ。好意を断るのは失礼だろう。

「花は二つともスティールが持っておけ。他の連中に狙われるから鬱陶しい」

学校に来ている者たちの半分は、意中の相手の花目当てなのだ。
特に紅蒼の二人の花は、何日も前から狙われまくっていた。

「判りました。お二人ともお疲れ様でした」
「あぁ」
「ありがとう」

二人がくれた花は、紅と蒼の彼ららしい大輪の花だ。剣舞に使うコサージュは毎年、花屋が注文を受けて作っているらしいので、プロが作ったのだろう。スティールの眼から見ても見事なコサージュだ。
羨望の視線を受けつつ、友人たちの元へ戻る。

「スティール、来年は俺のを貰ってくれよ」
「う、うん」

ライバル意識たっぷりのラーディンに戸惑いつつスティールは頷いた。
ラーディンならば代表の座は十分射程範囲だろう。彼は武術の成績がいい。

「花を貰えてよかったね、スティール」
「うん」

なんだかんだ言いつつも好きな人からの贈り物は嬉しい。
笑顔で頷くスティールであった。

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