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◆奉剣の舞(1)


王都士官学校では剣舞披露の儀というものがある。
国王の御前で剣舞を披露するというもので、成績優秀者の中から剣舞を披露する代表者が選ばれる。人数は10名。最上級生から選ばれる。
この剣舞披露は大地の神に豊作を願う儀式を兼ねて行われるため、王宮前の広場に特別会場が設けて行われる。市民も多く見物に来るため、一種のお祭りとなるのだ。
剣舞を披露する際は普段の制服に華やかさを演出するため、裾の長いマントや飾り紐がつき、胸元に花をつける。
この花は生花だ。昔、剣舞披露に選ばれた生徒が意中の相手にこの花を渡し、思いを実らせたという話があるらしい。ロマンチックな話は若者に人気があり、剣舞披露の儀では意中の相手から花を貰おうと熾烈な争奪戦が繰り広げられる。

「スティールは先輩から花を貰う約束をしたの?」

友人ティアンからそう問われたとき、スティールは目を丸くした。そのようなロマンチックな話に自分は縁がないと思いこんでいたためである。

(そういえばカイザード先輩って代表に選ばれてたっけ…)

スティールの炎の印の相手カイザードは成績優秀な生徒だ。
特に武術は成績がいいらしく、常にトップ争いをしているらしい。
容姿もいい彼は親友ラグディスと共に『紅蒼』の異名で下級生たちの憧れの的となっている。

(もらえるといいけど、自分から催促するのもなぁ…。それより俺は試験の方が問題だよ…)

スティールは間近に印の試験が迫っていた。
火、水、土、緑の四つの印を持つスティールはそのすべての印の試験を受けなければならない。
通常は一人に一つの印のため、殆どの生徒はそれぞれの印の授業を受ける。
しかし、複数印の持ち主はそれができないため、いずれかの授業に出つつ、補講を受けることになる。
元々、勉学が得意じゃないスティールはそれが苦痛だった。

(緑だけだったらよかったのに…)

得意な緑の印はあっさりと試験を突破できそうだ。
問題は戦闘中心の印である他の印であった。
その話をするとティアンは苦笑した。

「そういえばそうだったね。僕は緑の印だから治癒魔法の実践でよかったんだけど、スティールは他の印があるからね。確か今度の試験は試合形式だったっけ」
「うん…」

ペアを組んで戦う実戦方式の試験だ。将来は戦場に出る身のため、上級生になるにつれてそういう授業が増えるのだ。
今回は、火、水、土、風の印の持ち主で組んで戦う方式の試合だ。
しかもスティールの場合、多重印のため、組む相手は当日余った相手と組ませると言われ、ペア相手すら判らないのだ。
複数の試験を受けなくてはならないわ、ペア相手は判らないわで、多重印のせいでずいぶんと損しているんじゃないかと思わずにいられないスティールである。

(うう、戦いなんて苦手なのにどうすればいいんだろ)

試験に頭がいっぱいで剣舞披露の花にまで頭が回らないスティールであった。