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◆邂逅の儀(2)

故郷の緑を思い出す。スティールの故郷ルォークは田舎の分、子供の頃遊んだ土地は緑に溢れていた。薬師を継ぐことを疑っていなかったあの頃は草木を見極めながら、山野を走り回っていた。まさか剣を手にする運命になるなど思ってもいなかったのだ。
「スティール、おい、スティール」
「あ…何?」
「何?じゃねーだろ。寝ぼけてるなよ。本番前だぞ」
ラーディンに突かれ、スティールは我に返った。すり鉢状のコロシアムのような作りの会場には多くの人々が集まっている。中心で待機しているスティールたちも今日は儀式用の袖のない騎士服のようなものを身につけている。
コロシアムの中心には宝石のような石を地面に埋め込んで作られた魔法陣。この中心に立つことでそれぞれの身に『生まれ持った能力』の証である痣が浮かび上がり、『運命の武器』が魔法陣の中央から現れるのだ。
二百名ほどいる王都士官学校の生徒たちは順に魔法陣へ入っていく。それ以外の者たちもいる。全員で1000人ほどだろうか。他地方にも士官学校がある為、そこからも15歳の者達がやってきているのだ。もっとも一番期待されているのが王都士官学校の生徒であることは間違いなかった。前儀式で選ばれた子供は全員が王都士官学校に入れられているのだ。
(あ、ティアンだ…)
友人の中でもっとも最初に魔法陣へ入ったティアンは癒やし手の証である緑の痣、武具は杖を手にしていた。癒やし手の標準的武具だ。
(ティアンらしい、いい武具だなぁ)
少し羨ましいな、と思った。戦場より後方支援向きと言える能力は戦場での華々しい活躍は期待できないが、仲間を支えるためになくてはならない能力とも言える。そしてそういった能力はスティールが欲しいと思う力だった。
続いて入っていったラーディンは大地の力を示す褐色の痣を手に入れ、大きな盾を武具として入手していた。当人は少し意外そうな表情だが、嬉しそうだ。防具が武具の場合、防御面で特殊能力が付随していることが多い。恐らくラーディンも同じパターンだろう。
次々にクラスメートが入っていく。剣がもっとも多いのは眠っている武具の大半が剣であることも関係しているだろう。現在のところ、武具を入手できなかった者はいなかった。
(俺が入手できない最初の人間にならなきゃいいけど…)
スティールは王都士官学校で最後だった。
何で俺がラストなんだろうと思いつつも教師の決めたことなので反論はできない。特にこだわりがなかったスティールは深く考えることなく、魔法陣へと歩き始めた。


(…あつい…!)
魔法陣に足を踏み入れた途端、腕に痛みに似た熱さが走った。中央へ歩みをすすめるに連れ、熱さは手の甲から肩へかけて広がっていく。
周囲にざわめきが走ったことにスティールは気づいたが、緊張と熱さでそれどころではなかった。
そして、現れたのは武具ではなかった。
(……生き物…?)
小竜のようにも見えたその生き物はスティールの手首に飛び乗ると姿を変化させ、繊細なレリーフを施した手甲へ変わった。
スティールは唖然としたまま、しばし動けなかった。


儀式を上席から見ていた者達がいる。当然彼等の目にも現れた竜の姿は見えていた。
「七竜が一人、紫竜ドゥルーガが現れたか」
呟いたのはゲネド。総軍団長であり、軍部のトップとも言える人物である。白髪が目立ち始めているが、頑強な体と地位に見合った戦歴を持つ猛者である。
その後ろにはウェリスタが誇る騎士団長たちがいる。闘いになれば万を超える部下を率いて戦場を駆け抜ける猛者たちだ。
「ホードルス国に白竜ホースティン、ガルバドス国には青竜ディンガ、シャム国には紅竜リューインがいますから四竜目ですね」
白い髪を肩できっちり切りそろえたリーガが呟く。繊細な美貌と裏腹に戦場では烈火のごとき攻撃を得意とする人物である。
「ちゃんと我が国にも竜がいたんだな」
へえといわんばかりに呟くのはディ・オン。日に焼けた肌に黒髪黒目。大きな片刃刀の使い手の青年で、さっぱりした性格で部下によく慕われている。
「我が国にいたというより、呼ばれて現れたというのが正しいかと。七竜は儀式に呼ばれて現れる。武具庫に眠っているわけではないのです。だから七竜だけはどの国にも現れる」
「へえ…で、彼は何処が取るんだ?」
「…彼の望む場所ですかね。あまりにヘンなところだと引き抜きをかける必要があるかもしれませんが…」
「なるほど。それじゃ抜け駆け禁止ってことで。しっかしあの痣の派手なこと。上級印の複数持ちなんて久々に見たぜ。こりゃ竜なしでも引き抜きの争奪戦になったかもな」


火、風、土、水、緑。
他にもあるが、大半の痣はこの5つになるという。
能力の大きさは痣の大きさに比例すると言われている。
そして手のひらより大きな痣は滅多に現れない。手のひらより大きな痣を上級印といい、大きな能力者の証であるという。

火は紅。
風は銀。
土は茶。
水は青。
緑は癒し。

スティールはそのうち、風を除く四つを手に入れていた。
印を複数持つ者は滅多に現れない。にも関わらず、スティールは四つの上級印を持っていたのである。
振り返ると友人たちが我が事のように笑んで喜んでいる姿が目に入った。
その笑顔を受けて、驚きや戸惑いが喜びに変わっていく。
スティールはゆっくりと歩み出した。


<END>


始まりの物語です。
七竜のところが目立ってますが、メインは七竜ではありません。