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◆邂逅の儀

世界に7つある大陸の中で、最大の広さを誇るゲヴェナ大陸。
そのゲヴェナ大陸の東南にあるウェリスタは北のホードルス、西のガルバドスと並び、三大国の一つと呼ばれている。
物語はこの国の王都士官学校から始まる。

カランカランと授業終了を告げるベルが鳴る。建物の最上部にある塔に設置された鐘で、毎日定刻に鳴らされている。
授業を終えた教師が教室を出て行くと、生徒達は皆、思い思いの姿で寛ぎ始めた。
生徒達は全員が15歳の少年達だ。最近の皆の話題は三日後に迫った邂逅の儀だ。これで自分の運命が決まると言っても過言ではないため、皆の期待や緊張も並ならぬものがある。
そのとき、窓際にいた生徒の一人が、あっ、と声をあげた。

「カイザード先輩だ!」
「ラグディス先輩もご一緒だぞ!」
「紅碧のお二人を見れるなんてラッキーだな」

噂の上級生は下級生からの視線に慣れているのか、気にした様子もなく窓から見える中庭を通っていく。紅蒼とつけられた異名通りに紅と碧の髪をした二人はその容姿も実力もずば抜けているため、下級生からの憧れの的であった。

「あのお二人の運命のお相手になってみたいよなー」
「無理無理、それこそ運命だぜ!?お前みたいなヘッポコがなれるわけねーじゃん」
「けっ!成績がよけりゃなれるってもんでもねーだろ!?それこそ誰にだって可能性はあるわけだろーがっ」
「けどなー、優れた実力持つ人の相手がヘッポコだって話はそれこそ聞いたことねえぞ。運命だからこそ、その人に相応しいって世界が認めた相手が選ばれるんじゃねえか」
「まぁ確かにそうだよなぁ…」

同級生たちの話題を聞きつつ、くすんだ金髪を持つ少年は机に突っ伏して眠り始めた。

「おい、早速寝始めんなよ、スティール」

寝ようとした少年の背を揺さぶったのは短めの黒髪に碧目の少年である。その隣にはやや小柄な茶色の髪と緑の瞳の少年。二人ともクラスメートであった。

「ラーディンとティアンか…」
「ラーディンか、じゃない。お前、先生の説明、ちゃんと聞いてたのか?」
「一応…」
「一応ってお前なー…」

呆れ顔になったのは黒髪の少年ラーディン。

「相変わらずだね、スティールは。マイペースだ」

笑い出したのは小柄な茶色の髪のティアン。

「マイペースなんじゃない。ただの呑気者なんだこいつは。ホントにこんなんで大丈夫かよ?儀式はもう三日後なんだぞ!?」
「けどそれこそ運命だからね。今更努力したところでどうにかなるものじゃないし…」


邂逅の儀。
世界には様々な力が存在する。しかしそれらが鍛錬によって磨き、己の能力に出来るものとそうでないものがある。
鍛錬によってのばせる能力と、運命によって出逢う能力。
その二つの能力を邂逅の儀で見極めるのだ。
前者である『鍛錬によってのばせる能力』の見極めに関しては世界各地で似たような儀式が行われているという。
しかし後者の『運命によって出逢う能力』に関してはウェリスタの騎士だけの儀式だ。
ウェリスタの儀式の地下には百万本以上の武具が眠っている。それらの武具は運命の使い手を待ち続けている。騎士見習いたちは儀式で己の運命の武器と出逢うのだ。
希に武器に出逢えぬ者もいるそうだが、殆どが運命の武器に出逢う。
そしてその邂逅の儀には『おまけ』も付随してくることがある。
能力には相性があり、その相性が特定の相手と合致することがある。相乗効果で互いの能力を大きく伸ばせることがあるのだ。騎士団はそんな組み合わせが生まれた場合、ペアを組ませるため、文字通り一生を左右する相手となる。その相手を運命の相手、もしくは相印の相手と呼ぶことがあるのだ。


スティールは軽く欠伸を噛み殺した。既に放課後だ。ラーディンとティアンは補習授業に行ったのだろう。二人とも基本的に生真面目なのだ。教室は閑散としていて、殆ど人がいなくなっていた。
(どのくらい寝てたんだろう。……ま、いっか)
ともかく帰ろう、とスティールは立ち上がった。補習に出る気はさらさらない。
スティールは授業に関心がない。正しくは騎士となることに関心がなかった。
スティールは地方の生まれだ。南方ルォーク地方の生まれで、薬師の息子として生まれた。ごく一般家庭に生まれたと言っていい。そんな生まれの彼が何故士官学校にいるかと言うと、この国のしきたりの為だ。
この国では10歳のとき、邂逅の儀の前儀式とも言える儀式が行われる。それは特殊な魔法陣の上に乗った水晶に手をかざすだけのものだが、スティールはその儀式で水晶を虹色に輝かせた。
特定の色、もしくは希な反応を出した場合、その子供は士官学校に入ることが義務づけられている。スティールは見事にその中に入ってしまったのだ。
士官学校に入れることは大変名誉なことと言われており、スティールは望む望まざるに関わらず、周囲には羨ましがられ、大人達には喜ばれ、故郷を旅立った。
ちなみに士官学校は13歳から18歳までの6年間であり、邂逅の儀は15歳と決まっている。競争率の激しいこの学校にはスティールのように選ばれた者の他、厳しい競争倍率をくぐり抜けて入学した者がいる。
ちなみに身分制度のある国においては珍しく貴族の姿はほとんどない。実力主義の士官学校は卒業後、戦場に身を置くことになる。過去、我が子を裏口入学させた貴族もいたが、その殆どが戦場で命を落としたため、あえて危険職に子をつけようとする貴族もいなくなった。そのため、現在は騎士と言えば、平民出身でも実力さえあれば高い地位を狙える職として人気が高く、平民の憧れの的となっている。