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■暗月の招く影


新人騎士には野営訓練というものがある。
その年の春に入団した騎士のみで行われる訓練だ。
スティールも当然ながらその訓練に参加することになった。
訓練自体は何班かに分かれて行われる。場所は王都郊外の山中である。
決められた規定の日数をその山中で過ごさねばならないのだ。

スティールはのんびりと周囲を見回した。
深い森の中は鬱蒼と茂る木々のせいで常にうす暗く、時間の把握がしにくくなっている。

「おい、そろそろ野営の準備をしようぜ!とりあえず携帯食でも食ってよ!」

元クラスメートのルーガがいらいらと歩き回りながら言った。
赤毛のルーガは厳しい倍率をくぐり抜けて近衛騎士になっただけあり、優秀ではあるが、少々考えなしのところがある無鉄砲な人物だ。

「けど、携帯食は一週間分には到底満たないよ。なるべく保存して食料は現地調達するようにって言われたじゃないか」

反論したのはスティールの友ティアンである。
この訓練は食料が全部尽きたらリタイアするように言われている。
一週間乗り切り、先輩騎士たちが隠した証を全部集めることができたら合格なのだ。

「あった」
「何だって?スティール」
「イノシシのフンがあった。獣道があるから探していたんだ。罠をしかけよう。うまくいったらイノシシが獲れるよ」
「マジかよ!?」

驚くルーガにスティールは木の枝を切り落としながら頷いた。

「うん。あっちの木にはアルイの実がなってたし、そっちのツタはミニイモだから、掘ればイモが採れるよ。焼けばホクホクして美味しいんだ」

あっさりと告げるスティールにティアンとラーディンも驚いた。
うす暗い森の中は不気味さがある。その中でスティールだけが落ち着いていて、慣れた雰囲気すらあったがずいぶんと詳しい。

「詳しいな、スティール」
「そうかな?俺の家は裏が山だからね。子供の頃、遊びがてらによく入っていたよ」

薬師に薬草はつきものだ。そのため、幼い頃から山に入る。
獣道と動物のフンの見分け方はその頃に親から教わったのだ。
父親についていきながら、見分け方を学び、猛獣のフンがあったらなるべく近づかないようにし、時と場合によっては大人達が罠を仕掛けて猛獣を駆除する。
山の中は自然の恵みの宝庫だ。食べれる物と食べれない物の見分け方は、薬草の見分け方と同じぐらい重要で、スティールは大抵の物なら見分けることができる。

「この辺で野営するか?」

ラーディンの問いにスティールは罠を作りつつ眉を寄せた。

「うーん、水場の近くが理想だと思う。もうちょっと進もう。この獣道を行けばあると思うし」
「そうなのか?なかったらどうするんだよ」

ルーガの問いにスティールは首をかしげた。

「うーん…半々かな。必ずどこかにはあると思う。これだけしっかりした獣道だから、動物が常に通っているってことだし。通るということはそれだけの理由があるものだから。水場は敵対する動物同士でも争わない場所だから安全でもあるし」
「へー、詳しいな」

感心したように眉を上げたのはネクリスだ。南方の士官学校から近衛軍に入団した数少ない一人である。
南方では常にトップクラスの成績だったというネクリスは深緑の髪に青い目を持つ長身の人物である。容姿もよくて、非常によくモテる。もっとも当人はディ・オンのファンで、第一軍に配属されたのは少々不本意だったそうだ。

スティールの班は全部で6人。責任者は一応スティールだ。
スティールは今年入団した新人騎士で唯一中隊長に出世した出世頭のため、選ばれたのである。

「おい…あれは何だ?」

低く呟いたのはウェルザだ。
西方の士官学校出身で無口で冷静そうな雰囲気の男だが、緊張に表情と声が強張っている。
慌てて全員がウェルザの見ている方角を見て、驚愕した。
薄い影の人間たちがぞろぞろと山を下っている。
明らかに普通の人間でない証に、全員の表情が虚ろで体が透けているのだ。
山にいるには明らかにおかしい姿の者も多い。ドレスを着た女性だったり、腕のない甲冑の男だったり、極めつけは首のない男だった。その男は己の首らしきものを胸の前に抱えている。

「あれは移ろう影だと思う。そうか、今日は暗月の招音だ」
「なんだそりゃ!?」
「駄目だよ、ルーガ。叫んだら気づかれる」

スティールの指摘にルーガは慌てて己の口を押さえて座り込んだ。

「後で説明するから今はそのまま通り過ぎてもらおう」

スティールが告げると、全員青ざめたまま頷いた。