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◆聖ガルヴァナの声(9)


葬儀が終わり、棺にクルルの遺体が納められる。
女性達が持ち寄った品と枕元に置かれたチルルの分であろう鈴も入れられた。
既に夜も遅い。墓地への埋葬は明日行われるという。

帰路につく人々の顔は葬儀の後とは思えぬぐらい明るかった。

「聖ガルヴァナの声のおかげだよ」

とスティール。

「故人の言葉を聞き、故人へ言葉をつげる。互いの心が通じ合い、想いが昇華される。
死は聖ガルヴァナの最後の祝福と言われている。死人使いが司る葬儀の後には笑顔が多いと言われているぐらいだ」
「そうか…」
「鈴は魂を呼ぶ声であり、魂を守る音とも言われている。だから死者には鈴を握らせる。無事、聖ガルヴァナの元へ行けるように握らせ、迷うことがないように鈴を鳴らして見送る。ラジクがたくさんの鈴を持っていたのは皆の代理として鳴らすという意味があるんだ」
「……お袋、ちゃんと逝けたかな」

お袋という言葉にスティールは軽く眉を上げ、そして笑った。

「もちろんだよ、ウィダーとラジクが見送ってくれたからね」

正直言って、母という感覚はない。全くない。
やっと会えた身内は既に死者だった。どういう不運かと思う。
けれど、最後の最後に会えたのは、神々の愛だったのだろうか。

「うーん、どうだろう。けれど、サフィールが言ったように悪いことばかりじゃなかったってことじゃないかな」

死ぬまで会えなかったのは不運だった。
けれど最後の最後に会えたのは『ちょっとした幸運』だったと言えるんじゃないかとスティール。

(そうだな……)

急に親だと言われても戸惑うばかりだっただろう。不運ではあったが、これでよかったのかもしれないと思う。薄情かもしれないが、ウィダーには急にできた身内と一緒に暮らせる自信はなかった。

帰路につきつつ、ウィダーはスティールに問うた。

「……ラジクは今夜、あの家に泊まるのか?」
「そうだよ、まだ埋葬されていないからね。それに人がいないとね。盗賊がでることもあるから」

クルルはチルルが死んでから一人暮らしだったため、今は人がいない状態なのだ。

「なぁ…俺、何の役にもたてなかったみてえだが…」
「あぁ、それはね、たまたまだよ。最初、チルルおばさんが亡くなったばかりのとき、皆の声がチルルおばさんに届かなかったらしいんだ。
不慮の事故で亡くなった人は死を自覚できぬままとなり、そういうことが希に起きるらしい。それでラジクの補佐をする死人使いが欲しかったらしいんだ」

不幸にもクルルまで死んだことにより、チルルは死を受け止めることができた。

「死人使いはラジクしかいねえのか?」
「うん、この町にはね。闇の印は緑の印の家系で希に生まれることがある希少印だから、元々保持者が少ない。 闇の印を持っている人が三名だったかな。一人は女性の方で少々体が弱い方なんだ。もう一人は幼児だしね。
ラジクの前任者はラジクのおじいさんだけど数年前に亡くなられたんだ。 後は三つ先の村に一人いらっしゃると聞いたことがある」
「そうか…」
「クルルおばさんのお金や家はお前が受け継ぐことになるよ」
「ええ?マジかよ!?」
「他に身内がいないからね。まぁ裕福じゃなかったみたいだし、大したお金じゃないと思うけれど」

そこへ新たな声が加わった。

「ふむ、あの家は少し改造すれば鍛冶場を作ることができそうだな」
「は?」
「ぜひ騎士を引退した後のために取っておけ。この田舎っぷりも悪くない。ごちゃごちゃした王都より住み心地がよさそうだ」
「ドゥルーガ、勘弁してくれよ」

どうやら紫竜が人生計画を語っているらしい。スティールがうんざりした様子で苦情を言っている。

(あの家でスティールと暮らす……って)

あまり想像ができそうもない。
そもそも他の面々が許すかどうかが謎だ。

「そういや、あんた、いつ王都に戻るんだ?」
「そうだね、クルルおばさんを埋葬してからだから、発とうと思えば明日にも発てるけど、急すぎて疲れているし、2〜3日ノンビリしてからにするよ。遺産相続の件も処理して帰らないとね」
「フェルナンたちは大丈夫なのか?」
「すぐ戻ってもノンビリしてから戻っても同じ結果だから構わないよ」
「あんたな……」

(まぁいいか)

王都では二人でノンビリできることなど全くないどころか、あり得ない。何しろ他の面々がいる上、スティールは副将軍。多忙なのだ。
残る期間、スティールを独占できるという事実にウィダーは心躍った。

(悪くねえな…)

スティールは若干斜め前を歩いている。夜道でうす暗く、他に人はいない。
ウィダーは悪戯心を出してその背に飛びついた。

「わ。なんだい?」
「いーや、別に」
「俺、一応騎士だからウィダーぐらい背負えるよ?」
「へーえ…」
「本当だよ?」

何をむきになっているのか、ウィダーを背負おうとするスティールにウィダーは笑った。
背中越しに感じる体温や感触が心地よい。
残りの間、何をして過ごそうか。そう思いつつ、ウィダーはスティールに回す手に力を込めた。


<END>

『闇の手』の続編。
希少印である闇の印を持つ者は少ないため、死人使いも減少傾向にあります。
そのため、死人使いによる葬儀はごく一部でしか行われておらず、神官による葬儀が主流となっています。
ラジクはスティールたちと同世代のため、あまり歳が離れていないウィダーは後継者にはなれません。
都会になればなるほど死人使いがいないのは、貴族王族による闇の歴史があります。
『殺した者による死の証言』を恐れた者たちによって死人使いは排除され、『汚れの印』という汚名を着せられるようになりました。
元々保持者が少ないこともあり、今は一部の地域にのみ、死人使いの風習が残っています。


王都への帰り道ではまた小柄なばーさんに会うとか、橋を渡るときにまたマントを奪われるとか、幌の上にはウサギが乗ってるとかどうでもいい話もあります。