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◆聖ガルヴァナの声


スティールの実家は南に位置するルォークである。
はるか昔は国王の直轄地だったらしいが、その後、貴族に下賜され、現在は男爵領だ。
狭い土地だが貧しくもなく、豊かでもない。
有名な特産品もないため、国内でも殆ど名の上がることのない無名の地だ。
代々、善良さだけが取り柄のような男爵家が受け継いでいき、税も高くもなく低くもない。地理的にも『大国の中心部からやや南』であり、国境に面しているわけでもないため、戦いも起こらない。強いて言えば王都までの『通り道』だが、ルートは他にもたくさんあるため、ど田舎を好んで通るものなど、そこが近いものぐらいだ。
ようするに何もない土地。そんな土地がスティールの田舎であった。



「ハイ、ハイハイ!!」
「ハイ、ハイ、ハイ!!!」

複数のかけ声と共に追われた馬たちが、勢いよく草原を駆け抜けていく。
逃げる馬を争うように数頭の騎馬が追いかける。
追いかける一人が先に輪をつけた縄をその内の一頭へ素早く投げると、縄は見事に馬の首にひっかかり、もがき暴れる。
青年は馬を傷つけぬようにうまく地面へ引きずり倒した。
その光景を見ていた複数の観客から歓声があがる。

「今年も勝ちはフィールードか!!」
「ちっくしょー、かなわねえーーっ」

舌打ちする男達の間で馬を捕らえた青年フィールードはニッと笑う。

「そー、簡単に勝ちを譲るかっての」

見事な技を見せたフィールードは周囲の視線を浴びながら馬に乗ったまま戻ってきて、数人の友人達と共に馬を下り、白い布で汗を拭った。
フィールードは地元では同世代の若者たちの憧れの人物だ。容姿もよく、性格も明るく快活だ。馬術の腕も飛び抜けていて、男女問わずに熱い視線を浴びている。
もっとも当人はあまり興味がない。

フィールードは軽く周囲を見回し、少し残念そうな表情を見せた。

「ちえ。あいつ、まーた来てねえのか」
「うん?あぁサフィールか。しょうがねえんじゃねえの?クルルおばさん家で不幸があったばかりだからな」

サフィールはフィールードの運命の相手で地元でも評判の薬師の跡取りである。

「そういや昨日会ったとき兄貴を呼びに行くって言ってたぜ」

サフィールには双子の兄がいる。その相手は遠く離れた王都暮らしだ。
フィールードは眉を寄せた。そんな遠方まで行くとは聞き捨てならない話だ。

「スティールに会いに?」

+++

サフィールは家にいた。
サフィールの家は代々薬師をしているだけあり、家は至る所に薬剤の元となる素材が山積みとなっている。骨のようなものも、枯れ草も、乾いたような木の根もサフィールにかかれば貴重な薬の元なのだ。
王都へ行くのかというフィールードの問いにサフィールは無言で頷いた。

「何でわざわざ王都に行く必要があるんだよ」

呼び戻せばいいだろとフィールードが告げるとサフィールは顔をしかめた。

「無視された。どうも多忙らしい。けど今回はちょっと放っておけないから連れ戻す」

サフィールが地元を離れるのは珍しい。サフィールがしかめ面なのも同様だ。どうやら事情があるらしいとフィールードは悟った。

「そこまでしなきゃいけねえのか?」

フィールードが問うとサフィールは頷いた。

「クルルおばさんが治らない。チルルおばさんに原因があるようだ」

クルルおばさんとは同じ地元の知人だ。サフィールたちにとってはいわゆるご近所さんになる。
妹のチルルを失い、クルルは大変気落ちしている。唯一の家族を失い、元々他に身寄りがないこともあり、クルルは寝込んでいるという。
薬師であるサフィール一家が毎日通っているが、経過はよくないという。

「ラジクがそう言ってるってことか?」
「あぁ。元々クルルおばさんの家はそっちの家系だ。『近い』のだろう。このままじゃチルルおばさんが引きずっていきかねないようだ」
「スティールで何とかなるのか?」
「いや、スティールよりスティールの相手に力を借りるんだ。あいつの緑の相手は闇らしいからな」