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◆紙面の中のファムファタル


近衛第二軍将軍ニルオスの副官ネスは中年の男だ。
一兵卒からコツコツと努力してきた人物で、士官学校卒業生ではないため、功績がなかなか認められなかったところをニルオスが引き抜いた。
ずば抜けた能力はないが、ニルオスに感謝してくれていて忠誠心が高い。そこをニルオスは高く評価している。文句なしに信頼できる人物というのはニルオスのような人物にとっては貴重なのだ。
そのため、将軍位について以降もニルオスはネスを副官として採用し続けた。
近衛将軍の副官が一兵卒というのは異例だ。変えるよう進言されたがニルオスは首を縦に振らなかった。ニルオスにとっては一兵卒だろうが士官学校卒業生だろうが、信頼出来る方がいい。能力が同等なら尚更だ。ネスはニルオスの気性ややり方をよく知っている分、やりやすいのだ。
結果的にニルオスの人事は一般兵に大きな感動と希望をもたらし、大きな忠誠を得る結果となった。

更にニルオスへの忠誠を厚くしたネスはニルオスが将軍位について半年後、一冊の本を持ってきた。
ネスはその本を読むにあたって条件をつけてきた。
何も言わず、そして人気のないところで読んでくださいと差し出された本は手刷りのようであった。
読書家のニルオスは本を読むのが苦痛ではない。人気のないところで読めというのであれば猥褻本か発禁本辺りだろうと検討をつけたニルオスはその本を他の本に紛れ込ませて持ち帰った。
そしてニルオスにしては珍しく、持ち帰ったことを後悔することになったのである。


翌朝、ニルオスはネスと顔を合わせた途端、執務室を閉め切った。
ニルオスはバサリと本を卓上に置いた。
題名は『フェルナン様ファンクラブ会報第52号』と書かれている。
手作りのその本はフェルナンの日常や趣味その他を赤裸々に書いたものであり、明らかに創作であろうフェルナン主役の性的な小説まで載せられていた。

『フェルナンは白薔薇のような美貌に愛らしい笑みを浮かべると、その白い身体をソッと震わせた。その小さな胸をときめかせた彼は相手の逞しい身体を見て、気弱そうに微笑み…』

(ありえねえっ!!!あのプライド高い短気な男が男達に囲まれて気弱そうに微笑んだりするものか!!気色悪い!!)

一種の活字中毒の気があるニルオスは文章ならばきっちり最後まで読んでしまう癖がある。当然ながらその本を隅から隅まで読んでしまったニルオスは珍しくも消化不良気味な気分を引きずっていた。特にフェルナン主役の創作小説は気色悪かった。当人を知るだけにあり得ないストーリー展開は寒気が走るばかりであった。

「おい、なんだこれは…」
「見ての通りのものです。元々これは一部の騎士たちの間で流行っていたものなのですが…」
「流行ったのか…」

こんなものが流行ったのか。

「はい。それが今や一般兵にまで飛び火し、一種のブームとなっております」
「ブーム…」

このままでは明らかにフェルナン様の身が危なく思いまして、と告げるネスは以前から本やファンの存在には気づいていたらしい。
気づいていて放っていたのは軍幹部や将軍位に就く者ならば少なからずその手のものが存在するかららしい。

「フェルナン様のファンは過激さを増すばかり。特にストーカー行為が酷く、最近は執務室付近に意味なく彷徨く騎士まで出る始末でして、このままではニルオス様やグリーク様にまで害が及ぶのではないかと心配になりまして…」

生真面目なネスは心配になり、ニルオスに相談することにしたらしい。
ニルオスは舌打ちした。グリークはともかくニルオス自身に害が及ぶのは困る。腕に自信があるグリークやフェルナンと違い、ニルオスは武術を得意としていない。力づくでこられては勝てる自信などないのだ。

(だがまぁファンってことはフェルナンに好意を持ってるってことだ。質は悪くねえはず。ここは穏便に対処するか…)

珍しくもそう考えたニルオスにネスは付け加えた。

「来週発売予定のファンクラブ会報にはお相手と致しましてニルオス様がご登場なさるという噂がございます」
「!!!!」

ニルオスは一気に青ざめた。
俺か。あの小説に俺が登場するのか。あのあり得ねえフェルナンの相手に俺が使われるのか。

(ふざけるな!!!)

ニルオスは見事にキレた。

「ネス」
「はっ」
「ぶっ潰すぞ。綺麗さっぱり根絶させるぞ。ありとあらゆる情報を集めろ。あと、グリークとサフィンを呼べ。全力で叩き潰す!!!」
「はっ!!」

生真面目なネスはニルオスの命令に敬礼し、執務室を飛び出していった。