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◆嵐の扉


ああ、本当に腹が立つ。
彼は一体幾つだったっけ。士官学校卒業したばかりの新人だから……単純計算で10も年下なのか。その年下の相手に私は………。
あぁ考えれば考えるほど腹が立つ。何だってあんな子供が私の相手なのか。
しかもそんな年下の相手に…。

「おい。おい、フェルナン。顔が怖いぞ」

うるさい。余計なお世話だ。

「あのな、他のお客様に迷惑だ。ここは執務室じゃないんだから、選ぶもん選んだら、さっさと帰ってくれ」

なんて言いぐさだ。それがお得意様であるお客様への言葉かい?

「その前にお前は友人だ。お前も友の家で営業妨害してるんじゃない」

ちらりとサフィンを見るとその隣の彼の恋人の姿。
友人よりやや小柄なその姿を見ると友人が当たり前の幸福を手にしていることが思い出され、ますます腹が立った。友人の幸福は羨ましいし祝福したい気持ちもある。けれど何故自分にそんな当たり前の幸福がこなかったのかと理不尽に思うのだ。

「あー、もう。お前殺気出すのは止せ。ほら、こっちへ来い。店に居られたら迷惑だ」

サフィンに無理矢理店の奥へ連れ込まれる。いいのか?お前の恋人がこちらを睨んでるぞ。

「俺とお前でどういう間違いが起きるというんだ。お前など真っ平ゴメンだ」

あぁこっちだってお前などお断りだ。大金積まれても断る。

「お前な。何に腹を立ててるのか知らないが…いや、薄々見当は付くがな。どう考えてもお前の方が腕はいいだろうが。本気で嫌だったら殺せばいいだけだ、違うか?」

全く持って正論だ、サフィンのくせに。

「俺のくせにってお前な……。殺せばいいだけなのに殺せない。それはお前があいつを受け入れる気持ちがあるってことだろうが。いいかげん素直になれ。あっちがこないならお前が出向けばいい。違うか?」

その通りだがね、サフィン。言っていいことと悪いことがあるんだよ。

「何で怒るんだ。図星突かれたからって八つ当たりは止せ。いいかげん迷惑だ。それにな、お前だって愛想尽かされるぞ。あいつにはお前以外に二人いるんだろうが。お前一人いないところで何ら困らない。違うか?」

痛いところを突かれた。
愛想尽かしてるのはこっちだと反論したかったが出来なかった。
サフィンは真面目だ。それだけに真実を見抜く目を持っている。彼の前で嘘をつくのは難しい。付き合いが古いだけに尚更だ。


許せない過去がある。
許せない罪がある。
それ以上に欲する気持ちがあるのは一体どういうことなのか。相反する気持ちが心の中に蟠る。
自分でもどうすることもできない、持て余すこの気持ちが冷静な心を乱す。
自分で自分がいやになるぐらいだ。あの年下の運命の相手だってこんな私の相手などいやだろう。プライド高く、気むずかしく、おまけに年上で地位も高い相手となるとハードルだらけだ。
それでなくても性格的相性の悪さがハッキリしているというのに。


「しょうがないな、眠っていけ」

何だって?泊まるつもりはないんだけど。

「お前、そんな顔で帰る気か?ただでさえ近衛将軍になって注目度増しているんだぞ。やめておけ」

顔?この私の顔に何の問題が…。

「ほら」

何でタオル……え……?
なんだこれは…。

「泣いてる自覚もなかったのか」

一体どうして…。

「いいから寝ていろ。俺はシンのところへ戻る。部屋には誰も入らないように言っておくから好きなだけ泣いて好きなだけ寝ていろ」


許せない過去があり、許せない己がいる。
特に許せないのは自分の気持ちだ。何故こんな気持ちを抱くのか、自分自身が判らない。
殺したいほど憎い気持ちとそれ以上に欲する気持ちが胸を満たす。
百歩も二百歩も譲ってこの気持ちを認めるとして、複数の中の一人になることとか、至上の相手になれぬことなど、多くのことが心を乱す。
そして何よりも認められないのが相手に欲されてはいないだろうことだ。
彼には既に二人の相手がいる。愛し愛されているのであろう二人だ。
既に恋人として十分な二人がいるのに、わざわざ気むずかしくて扱いづらい上官など欲する理由はない。
必要とされてはいないのだ。