何とかなった。
思ったよりすんなりとニルオスとの取引に成功した。
パタリと閉じた扉に背をつけ、スティールは安堵の息を吐いた。
しかしまだ問題が残っている。
向かいに立つフェルナンは目を釣り上げている。
「なんのつもりだ?」
「俺はただカイザードやラーディン、そして貴方と一緒にいたいだけです」
「私と一緒にいたいだと?笑わせるな。卵の殻がついたようなひよっこが、たかが一度運良く私を助けられたことで図に乗っているんじゃないだろうな。私にそなたの力など不要だ」
それはそうだろう。フェルナンにスティールの力など不要に違いない。事実、スティールの力なしで実績を築き上げ、軍トップに立とうとしている人物なのだ。
「貴方のためではありません。俺がそうしたいだけです」
「笑わせるな。運命には流されるのが趣味じゃなかったのか?何故ニルオスに抗議してまで残ろうとする。私は迷惑だ。貴様の顔など見たくない」
カチリと何かがスティールの中で切り替わる。初めてスティールの中で怒りが沸いた。
「憎みたいのなら憎んでください」
「なんだと?」
「運命に流されているつもりもありません」
真っ直ぐ見据えてくる眼差しを受け、フェルナンは驚いた。初めて運命の相手の眼差しの強さに気づいた気がした。ひょろりとして騎士らしくない根性のなさそうな相手だと思っていた人物。その相手の眼差しをフェルナンは逸らすことができなかった。
「彼等が歩む道を共に歩むことは俺が選びました。俺自身の選択です。あの日、俺は貴方を見捨てることもできた。貴方はそれを望んだ。ですが憎まれても助ける選択をしたのは俺です。酷いことをしたと思ってます。ですが後悔してません」
「なかなか好き勝手言ってくれる…ならば憎むぞ。私は君を許すつもりはない。一生だ」
「構いません。それだけの覚悟でしました。俺の印は貴方を選びましたが、貴方と同じ道を歩むことを選んだのは俺自身です。貴方が嫌がっても俺は貴方を何度だって助けるし、貴方が嫌がっても同じ道を行きます」
「そう簡単に私のいく道を歩けると思っているのかい?ならば甘く見られたものだ。私の行く道は甘くない。今までも敵を蹴落としてここまで来たんだ。ある意味敵だらけだ。それでも付いてくるというのかい?」
「今更です。俺はあの日貴方を選びました。王女ではなく貴方を。覚悟なく敵に捕らわれた貴方を助けに行ったりしません」
確かにその通りだ。少数とはいえ、敵の隊に一人で立ち向かったスティールだ。覚悟がなければあの日フェルナンを見捨てているはずだ。スティールはとうにフェルナンを選んでいるのだ。
あの夜の記憶は殆どフェルナンには残っていない。
真夜中で明かりとなるものは敵を焼き尽くした印の炎だけだった。
真上に見える相手の表情は炎の照り返しで半分しか見えなかった。
空気に混じる煙、木々の爆ぜる音、ぬるつく血。
激しい痛みと生々しい体の記憶。
そして互いの息づかいだけが記憶のすべてだ。
フェルナンは目を伏せた。
大切な何かを見落としていた気がする。
「…どこまでも付いてくるというんだな」
スティールは軽く眉を上げた。
「今のところは」
「逃げると言う気か?私は逃がす気はないぞ」
「それはこちらの台詞です」
「ハッ!私が逃げるだと?ふざけるな。敵前逃亡するような根性なしになった覚えはない。大軍に囲まれようと中央突破してきた。伊達に今の地位にいるわけではない」
「それを聞いて安心しました。俺はいつまでも騎士でいる気はありません」
フェルナンは眉を寄せた。聞き覚えがある。同じ台詞は以前も聞いた気がした。
「どういう意味だ?私についてくるんだろう?」
「はい。今のところは。ですが死ぬまで騎士でいる気はありません。引退したら第二の人生があるでしょう?」
スティールは笑んだ。
「そうしたら今度は貴方がついてきてください。俺の歩む道を。もちろん、逃げないでくださいね」
逃げないんでしょう?と言われ、フェルナンは絶句した。
+++
ニルオスはクッと笑っていた。
「フェルナンはな、ありゃ、恋に恋するガキだ。常々、恋愛したいだの相手が欲しいだのほざいていたところにやっと現れた運命の相手だ。舞い上がっていたんだろ。だが相手が想像したような相手じゃなかったから、勝手に理想を崩されて不機嫌になっていたんだろうな」
相手のガキにゃ、いい迷惑だっただろうよ、とニルオス。
「…舞い上がっていたようには見えないが」
サフィンは困惑顔だ。
彼はフェルナンの後を継いで副将軍への昇進が決まっている。しかしニルオスの補佐を務めなければならないのはいささか不本意だった。今までグリークとフェルナンの苦労する姿を後ろで見てきただけに先が思いやられる。
「フェルナンはポーカーフェイスがうまいからな。だが、複数印持ちなんてと愚痴ったり、貰った花束を後生大事にドライフラワーにして飾っていやがったりと十分可愛いことしてやがったぞ。おまけに俺がガキを貰おうとしたら、さっそく私の軍に人事介入する気かと怒りやがった。人事介入するだろ普通。俺の軍から異動するんだからよ。俺の部下を連れて行く以上、当然の権利だ」
楽しげに笑い、ニルオスはスティールの人事異動を記した書類を真っ二つに破いた。
「まぁいい。これは俺からの手向けだ」
<END>
ニルオスはスティールがフェルナンを助けたことを高く評価しています。(フェルナンは側近だったため、部下を助けてもらったことを高評価している)
歯を食いしばってでも生き延びろ、騎士としての精神などクソ食らえだと考える彼は騎士としては型破りな人物です。