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◆夢見る雨(11)

翌日のことである。
気だるい体を持てあましながら、久々の薬草園を見ていると、ウィンがやってきた。
サヴァは、この城にいて退屈じゃないか?と問うた。
この城で居場所がない。やることがない。美しい鳥かごの中、ただ愛されるばかりだった日々を思い出す。それは苦痛と甘美なる愛との背中合わせの日々だった。

「俺は自分から戻ってきたんだ。コウがくれた自由から」
「自分から」
「コウは俺を娼館から解き放ってくれた。自由になれと。けど俺はコウの側にいたかった。確かに自由な日々は素晴らしかったが俺には辛かった。だから戻ってきたんだ」

これは自分が望んだ日々なのだとウィン。

「そうか……俺は……まだ無理みてえだ」
「……そうか」
「コウのことはすげえ好きだけど……まだ……一緒には生きられねえ」
「複雑だな。アンタはよきライバルだ。アンタがいなくなるとホッとする反面、コウが悲しむ。それは辛い」

療養所でも元気で頑張れよ、と言われ、サヴァは頷いた。
似た立場でありながら、違う生き方を選んだ相手。けれど同じ人を愛してしまった。
ライバルのはずなのにとても共感できる部分がある。
人間の率直な欲に塗れた町で生きてきた。その町で見せつけられた人の醜さ、そして男娼としての辛い日々。一歩踏み外せば死という現実を見てきた。だからこそ嫌えないのだろう。

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コウから渡されたのはまたしても銀貨だった。やはり量が半端ではない。
本当に貴族というのはどうしようもないなと思ったサヴァだが、やはり足りなかったか?と真顔で問われ、慌てて否定した。ここで頷いたら埋もれそうな量の銀貨を渡されかねない。

「金銭感覚狂ってるよなー」

呆れ顔のウィンにサヴァは真顔で頷いた。

「あぁ、狂いまくってやがる!」
「お前達いつの間に仲良くなったのだ?」
「さぁ?」
「さぁな?」

不可解そうなコウを見て、ウィンと顔を見合わせて笑い出す。すっかり共犯者の気分だ。

「じゃあな、コウ」
「次はいつ来るんだ?」
「そう簡単に来れるかよ!まぁそのうちにな」

帰りは馬だ。
来るときも馬だったが、帰りは騎士が送ってくれることになった。
サヴァは一人で帰れると主張したのだが、コウが許してくれなかった。
正直言って、馬があるのはありがたいので言葉に甘えることになった。乗合馬車を使うと乗り継ぎなどでかなり日数を食ってしまうのは確実だからだ。
仕事を任された騎士はというと、サヴァを一人送るだけなので、気楽な仕事だと言ってくれた。

無事、療養所へ戻ると、老女マイヤとニオルが出迎えてくれた。

「遅かったね!アンタがいない間、他の人に世話してもらってとっても快適だったよ!」

相変わらずの憎まれ口だが、サヴァを目にした瞬間、嬉しげな顔をしたのをサヴァはしっかり目撃していた。
一方のニオルは素直な笑みを見せてくれた。

「おかえり、サヴァ」
「おう、ただいま!」
「さっそくだが歩行訓練の相手をしてくれよ」
「判った」

必要とされるのは嬉しい。ここが自分の居場所だと思えるからだ。
訓練室へ行く途中、すれ違う他の従業員たちに、おかえり、お疲れさん、と声をかけられた。
普段は素っ気ない同僚たちだが、中には笑みを見せてくれた者たちもいた。少しずつだがサヴァのことを認めてくれているのだと判る。
訓練室には院長のテーバがいた。他の患者のリハビリ具合を見ていたらしい。

「お帰り、コウ様はお元気だったかの?」
「領主様ご一家は、全員お元気だったぜ」
「それはよかった。あと、明日、他の病院から転院してくる若い患者がいる。そなたに担当を頼むぞ」
「判った!」

新しい患者を任せられるのは認められた証だ。
やる気一杯で返事をするサヴァにニオルが笑った。

「元気だな。都で良いことでもあったのか?」
「さーな」

コウにたっぷり愛されて満たされた気持ちになったのは確かだ。
わずかな逢瀬だったが気持ちが十分に満たされた。

「ほら、もっとしっかり歩けるようにならねーといつまで経っても海軍に戻れねーぞ」
「急かすな、サヴァ」

痛いと顔をしかめつつも必死に歩く訓練をするニオルに付き合いつつ、笑みを浮かべるサヴァであった。

<END>