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◆アラミュータ(9)

そのままウェール家の者達は退出していき、ウィンはコウと二人でその場に残された。
謁見用に使用されているらしいその部屋はやたらと広くて豪華だったが、ウィンにはそれどころではなかった。コウと一緒にいる。それだけで鼓動がやたらと五月蠅かった。

「日に焼けたな…髪もぱさぱさになった。何処にいた?」
「ギランガに……」

髪を梳くコウの手は対照的に白い。
コウが好いてくれていた髪が荒れていることをウィンは申し訳なく思った。
以前から手入れをしていたわけではないが、相手が好いてくれていたものを守れなかったのは申し訳なく思う。

「港町か。あぁそれでウェール家に…。…幸せか?」

コウに問われてウィンは答えられなかった。
別れた日、幸せを祈っていると言われた。
けれど今は幸せと言えるのだろうか。娼館を出て、港町で過ごした日々。
自由だったが、目的もなく、ただ一日を過ごすばかりだった気がする。

答えられないウィンに答えを見出したのか、コウはウィンの頬に触れた。

「そなたは籠の鳥というより籠の中の獣のようだった。そなたは自由に生きれる者だと思った。私は飼い慣らせぬ動物を解き放ってやりたかった」
「自由に…そうだな…」

確かに望んでいた。
コウに出会うまではずっとそれだけを望んでいたと言ってもいい。
自由に憧れていたのは確かだ。ただ一人で何も考えずに町を歩いてみたかった。
一人で生きてみたかった。
しかし夢で思い描いていたもののように現実は美しくなかったことは確かだ。
何よりも目の前の相手への思いがずっと心に残っていた。

「自由だった。だが…アンタがいなかった……」

そう呟くとコウは苦笑した。

「手にした自由を捨て、自ら檻に入りにくるか…。折角解きはなってやったというのに」

コウはちらりと窓から見える中庭を見た。

「美しいばかりの牢獄かもしれぬぞ。私がいるというだけでこの城に自由はない。大公爵家故のしがらみや醜聞もある」
「その手の話なら娼婦時代にいやというほど、いろんな客に聞いてるぜ?」

売れない方ではあったが、全く売れなかったわけではない。
客の愚痴聞きなどはよくある仕事の一つだった。
ゆえに見たことはなくても貴族の生活ぐらい見当が付くウィンである。

「そうだったな……お前だったら大丈夫かもしれないな…」
「コウ…?」

コウはウィンの頬に手を当て、何かを思い出すような表情をした。
ウィンは意味がよく判らなかったが無言でなされるがままになった。
やがてコウは静かに目を逸らせた。

「私の側にいるのならまずは護身術を身につけてもらうぞ」
「あぁ。今も護衛として雇われているから、習っている最中だ」
「そうか。ウェール家には私から話をしておこう」

頷くとウィンはコウに引き寄せられた。無言で抱きしめられる。

「…コウ?」
「……ウィン……今度は…今度こそ必ず守る」
「…?俺は護身術を習うんだろう?だったら俺が守る側じゃないか?」
「そうだな……」
「コウ、俺もお前を守りたい」
「あぁ……」

コウは小さく笑んだ。

「そうだな、お前は違う………」
「コウ?」
「最初に出会ったのはお前だったな。そしていつも私を待っていてくれた…」

それは自分が売れなかったからだ。
しかしコウの訪れを待っていたのも事実だった。

「側にいてくれ」

ウィンは頷いた。それこそ望んでいたことだった。
コウの言うとおり、貴族の生活は良いことばかりではないだろう。
けれどコウがいる。その側にいることこそウィンの望みであった。

久々に会ったコウの心には何らかの傷があるようだとウィンは感じた。
自分を通して誰かを見ている様子であることにも気づいた。娼館時代はそういう客が時折訪れたものだった。
けれども出来るだけ側にいて癒やしてやりたいと思う。愛する相手だ。愛することでその傷を癒やすことができればいい。時間をかけて少しずつでもいい。離れるつもりはないのだから時間だけはあるだろう。
ウィンは無言でその腕に力と想いを込めて抱きしめ返した。

<END>