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◆アラミュータ(1)

「ウィン、そろそろお客様がいらっしゃる時間だからちゃんと支度しておくんだよ」
「…っるせえ!俺に指図すんじゃねえ」
「なんて口聞きだい、あんたって子はっ!!」

容赦なく体を殴られる。顔を殴られないのは顔が商売だからだ。
痛む腕に顔をしかめつつ、ウィンは背を向けた。再び罵声が飛んできたが、ウィンは無視した。


ウィンというのが彼の愛称であり名だ。
ウィンは13の時、今の店に売られた。それなりの見目だったが、目つきと態度の悪さでなかなか売れなかった。常連がつくことはなく、気まぐれに買われる程度だった。おかげで店では穀潰しに近い扱いを受けている。
ウィンがその客に出逢ったのは18の時だ。18というのは娼婦としては花盛りだが、男娼としてはぎりぎりのラインだ。男娼の花盛りは14、15歳なのだ。
元々売れない方なのでウィンの値段は安い。お世辞にも愛想がいいと言えないので安いまま、値が高くなることもない。しかしそんなウィンを買った客は上客だった。

『いいか。あの方は大切なお方だから絶対に下手な振る舞いはするんじゃないぞ』

選ばれた日、店主に口を酸っぱくして言われた。歓楽街でも大きな店であるこの店の店主がそこまで念を押すのだからあの若者は相当な身の上のようだとウィンも感じたほどである。
しかし金持ちのぼっちゃんの一夜の気まぐれだろうと思っていたウィンの予想は外れ、その上客は常連客になった。常連とはいえ、1ヶ月に一度か二度程度だ。しかし店へ来ると必ず指名されるようになった。

『あんた、何で俺なんだ……?別に答えたくねえならそれでもいいけどよ…』

ある日何気なくそう問うたことがある。
年下にもかかわらずやたらと大人びた常連客はちらりと隣に座ったウィンを見た。

『そなたこそ何故そんなことを問う?理由が必要なのか?』

客は滅多に感情を表情に出さない。読みづらい人物だ。客の顔色を意識したことがないウィンでさえやりづらいと思ったことは一度や二度じゃなかった。

『理由ってなぁ……俺ぁお世辞にも売れる商品じゃねえからな。何でいつも俺買ってくれんだろって思っただけだ。店にゃ俺より売れる美男美女がたくさんいるだろ。あんたはそいつらを買う金がねえってわけでもなさそうだし』

客はいつも見習い騎士の服を着ている。しかし店主の態度から客が見た目通りの素性でないことにウィンも気づいていた。
『気に入った。それ以外の理由などいらぬだろう』

そっけなく言われてしまえばそれまででウィンは言葉に詰まった。気に入った。確かにそれ以外の理由など不要かも知れない。客と商品は気に入るか気に入らないかの話であることは確かだ。
つまらないと思い、無意識のうちに甘い言葉を欲していたことに気づき、ウィンは顔を赤らめた。そのことに年下の客は敏感に気づいたのだろう。クス、と笑う雰囲気が伝わってくる。
自分がどんな顔をしているのか判らず、顔を背けると顎を片手で捕まれた。至近距離で見ると驚くほど整った客の顔が目に入ってくる。容姿がいいことに気づいてはいたが、こうしてみると自分よりよほど男娼向きだと言い切れる綺麗な顔だった。

『見惚れたか?』
『……っ……』

見抜かれてカッと顔が赤らむ。慌てて逃げようとしたが、客の手は思いもかけず強く、逃れることは出来なかった。

『逃げるな。……可愛いなお前は』

こんな愛想の一つも向けることのできないゴツい男の何処がいいのかとウィンは呆れた。自分でも嫌になるほど笑顔さえ出せぬ男であるというのに可愛いなどという言葉が当てはまるはずもない。
しかし年下の鋭い客はそんなウィンの内心さえも読み取ったらしい。笑みが深まる。ウィンは滅多に見られぬ客の笑顔に魅入られるのが判った。アホみたいに惚けた顔をしているかもしれない。しかし目を離すことが出来なかった。柔らかな艶のある黒髪が、自分を見つめる綺麗な紫色の瞳が自分を吸い寄せて離さない。蜘蛛の巣にかかった虫のように絡め取られて動けなくなるのが判る。
傷のない綺麗な指が服の裾から脇腹を撫で上げていく。性的な期待に体が竦んでいくのが判る。体から力が抜けていくのにウィンのその部分は熱く堅くなっていくのが無意識のうちにも感じられる。そういう風に慣らされてしまっているのだ。そのことがひどく恥ずかしく感じられてウィンは顔を赤らめた。
突き飛ばそうと思えばいつでも突き飛ばせる。相手より自分の方がやや体格がいいのだ。客は成長期だからいずれ抜かされるかも知れないが、今はまだ自分の方がいい。それでも抵抗できない。客と売り子だからというわけではなく、見つめられると抵抗するという意志すらなくなってしまうのだ。
最初は年下の相手に買われることにとても抵抗があった。抗いたかった。実際無礼を承知でそうするつもりだったのに、気づくと組み敷かれていた。全部見られるような体勢で抱かれて恥ずかしさに死にそうになった。
既に何度も抱かれた今でも抱かれるたびにひどく恥ずかしく感じる。そんなところがいいと言われている。
不意に股間を撫で上げられた。服越しにもウィンの怒張が判ったのだろう。小さく笑われる。ウィンはまた恥ずかしさに目眩がしそうだった。

『……っ、あんた……悪趣味、だっ…』

何度か口にした悪態をつくと客は、知ってる、と呟いてウィンの首筋に口づけた。