文字サイズ

◆銀の城(9)

旅立ちはテーバとテーバの従者、そしてサヴァの三人だけだった。
寂しい旅立ちだったがサヴァはそう思わなかった。
一人ではない。それに何よりもコウが悲しんでくれた。自分との別れを悲しんでくれる者がいただけでも幸せだとサヴァは思った。
それに娼館を出るときはコウと騎士二人が一緒だった。今回だって大差ない。むしろ連れがいるだけ幸せだろう。
テーバの運営する療養所はミスティア領の東の外れにある田舎町だという。
そこへ馬車に乗ってサヴァは向かうことになった。

「何、気の良い者達ばかりじゃよ。おぬしのように身よりのない者もいるので気にすることはない」

テーバはそう言って励ましてくれた。
道中、サヴァがコウに金を貰ったことを告げ、渡そうとするとテーバは首を横に振った。

「実はワシも貰っておる。長年、城で働いておったので退職金をたんまりと貰った。それに城にいる間は厚遇されておったからの。金銭の気遣いは無用じゃ」
「そっか。けどこんなに銀貨貰ってもな…コウのヤツ…」
「銀貨じゃと?ふむ…お主、その袋を見せてみよ」

サヴァは袋を渡すとテーバは布を広げてその上に袋の中身を出した。

「ほら、銀貨だろ」

テーバは銀貨を手にし、表面を見るとポケットから銅貨を取り出した。そしてその銅貨で銀貨の表面を強く擦っていく。すると銀の膜が剥がれ、金色の輝きが現れた。

「なっ……!」

驚くサヴァにテーバは苦笑した。

「覚えておくのじゃな。銀貨に刻まれているのは初代皇帝セルゲイ陛下、金貨は知恵と商業のペネラウ神じゃ」

ペネラウ神の銀貨などあり得ない、とテーバは銀の膜に覆われた金貨を袋に戻しながら告げた。
ざっと見ただけでもすべての硬貨にペネラウ神が刻まれている。
では小袋の中身はすべて金貨なのだろう。

「あの…バカ…俺が間違って銀貨として使ってたらどうするつもりだったんだか…」
「それはあり得ぬな。恐らくお主がワシへ最初に見せることぐらい、コウさまはお見通しであったじゃろう。それにワシも聞いておった。生活費としてお主に金貨を渡すと」
「金貨の生活費なんかあり得ねえよ…」
「それはむろん、コウさまのお気持ちじゃろう」

無言で俯いたサヴァの背をテーバは優しく撫でてくれた。
コウの前でも娼館を出るときでさえ出なかった涙が次々にこぼれ落ちていくのを感じた。

「…いつか…返せるかな…」

コウに受けた多くの恩を返せる日が来るだろうか。

「むろんじゃ。びしびし鍛えるから覚悟しておれ」

暖かなテーバの激励の言葉にサヴァはこくりと頷いた。


<END>