文字サイズ

◆紅き竜と嘆きの器(7)


状況が落ち着いてから、シェルとバディはやってきた。
日はすっかり落ちている。
バディはそわそわした様子で、母子がいる奥の部屋の方をそっとうかがっている。
赤子の声は聞こえない。無事生まれたというが、産声は殆ど聞こえなかったので、助かりはしたが、よい状況ではないのだろう。
シェルは母子が無事と言うことでひとまず安堵していた。泣いていたバディも落ち着いてくれたので、母子が助かったことはありがたかった。

「バディ、母親に子はこちらで引き取ると伝えてこい」
「え!?」

シェルは母親に会わないでおこうと思った。
酷い経験をした人物だ。
男である己が会うより、同じリースティーアであるバディやリーレインに任せた方がいいだろうと思ったためである。
その為、今も医師と産婆以外は入らないよう周囲に指示を出してある。

「リースティーアは傭兵が多いという。恐らく母親も傭兵だろう。故郷に戻るにしても長旅になるし、仕事を続けるにしても赤子は負担だろう。まして生まれが生まれだ。当家で引き取った方が母子共に幸せだろう」
「そうだな、ちょっと話してみる」

母子がいる部屋へ入っていったバディは、しばらくして医師のリーレインとともに出てきた。

「……ちょっと会話になんねえ」
「母親はひどい精神的ショックを受けている。今、普通に会話するのは無理だ」
「こちらで子を引き取るのは可能か?」
「今の母親の状況では子育ては無理だろう。引き取った方がいい」
「ではあの母親も当家で保護した方がいいか…」
「そうした方がいい。当分の間は介助が必要だ」

シェルはガルバドス国付近の責任者ウリナに手紙を書いた。
シェルは旅を続ける必要がある。しかし、母子はまだ旅をできるほど体力が回復していない。そのため、保護してくれる者を手配する必要があったためである。

「ジークさんはどうされますか?」

年上の相手であるため、丁寧に問うたシェルは、どーしようかなぁ、と迷う顔のジークを見つめた。
ジークはシェルの父方の従兄弟だ。同世代の中でも腕の良い商人として知られている。
しかし、ジークは酷い放浪癖の持ち主としても有名で、ずっと旅商人状態だという。この放浪癖には父母にあたる人物もさじを投げて久しいと聞く。
ジークが半端じゃないところは、旅をしながら、相当な金額を稼ぎ出していることだ。山のような金と宝石を持ち帰ってきたことは一度や二度じゃないという。『風来坊のジーク』という名は、その商才の確かさと共にウェール一族内で広く知られている。

そこへ肩掛け鞄から薬を取り出していた医師が口を開いた。

「俺は患者が落ち着くまでは側についているぞ」
「え!?リーレイン、本気ッ!?」
「お前は遠慮無く、旅を続けていいからな。旅先で金髪の女でも探してろ」
「ちょ、リーレインッ!?何言ってるの!?」
「お前がいなくても俺は全く困らないからな」
「待ってくれ、リーレイン、俺のこと捨てないでくれーーーっ!!!」

従兄弟は、恋人である年下の医師に頭が上がらないらしい。完全にベタ惚れ状態というべきか。捨てられかけて、騒いでいる。
シェルと大差ない年頃に見える医師は、そんな恋人の態度に慣れているのか、手で軽くあしらいながら、シェルを振り返った。

「まだ容態は落ち着いていない。10日はかかるだろう」
「そうか…。砂金を預けておくので母子の治療回復をお願いしたい」
「あぁ。こちらからもお願いがある。俺への報酬は半分にしてくれていいので、このうるさいのをアンタらと一緒に連れていってもらえれば、大変ありがたく…」
「リーレイン!!俺、死んでもお前から離れないからな!!」
「患者が寝ているんだ。静かにしろ」

ゲシッと蹴られる従兄弟を内心哀れみつつ、シェルは首を横に振った。

「報酬は全額払います。その話し合いはご自分でなさってください。あと、念のため護衛を雇いますので…」
「護衛は不要だ」

ふわりと浮かび上がりながら、部屋の奥からやってきたのは紅竜リューインであった。

「あの母子には俺が同行する」
「判りました。ありがとうございます。必要なものがあれば用意しますので申しつけ下さい。あと、のちほど兄とルーを助けていただいた報酬を支払います」
「あぁ」

正直言って、紅竜に母子の世話ができるのかは大いに疑問が残るところだ。しかし、紅竜はずっとあの母子を気がけている。悪いようにはしないだろう。
容態が落ち着くまでは医師のリーレインがついていてくれるという。あとはウリナに任せればいい。

「可愛い赤ん坊だ」
「無垢な赤子だからな」
「俺もいつか子が欲しいな」
「それが人の営みというものだ」

リーレインは紅竜を恐れることなく会話している。どうやら仲良くやってくれそうだ。

「こここ、子供が欲しいって、リーレイン、それって誘いの…」
「違う。うるさい」

残念ながら従兄弟は邪険にされているようだが、商人としての才能に溢れる従兄弟だ。頭は悪くない。ちゃんとうまくやってくれるだろう。そう思いたい。

「うう、シェル。どう思う?この扱い。酷いと思わないか?」
「しつこいからでしょう。押して駄目なら引けばいいんですよ」

嘆く従兄弟に対し、シェルは適当なことをそれっぽく答えた。

「なるほど、やってみる!」

さて、どうなることやら、と思いつつも従兄弟の恋愛になど興味がないシェルは、次の旅について頭を巡らせるのであった。
<<END>>