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◆ガルバドスの闇市場(8)


ふわりとロングコートの青い裾が翻る。
黒髪の青年が大剣を鞘へ戻す横で、長髪の男は軽く首を横に振った。

「あぁ美しくありませんね。筋肉というのは計算して無駄なくつけるのが美しいのです。ただゴツイばかりの筋肉の固まりなど目の毒!癒しにもなりません。無駄な汗を掻きました!」

たった今まで死闘を繰り広げていた人物とは思えぬような台詞を吐いた長髪の青将軍カークは嘆かわしいと言わんばかりに深々とため息を吐き、ちらりと同僚の男を見た。

「私の癒しのために今ここで脱ぐ気はありませんか?」
「あるかっ!金積まれても断る!」
「つれない人ですね。まぁそんなところもいいのですが。さて仕事も終わったことですし、こんなじめじめしてうす暗く汚い場所はさっさと出ましょう。あぁ、書類を置いてこないと…」
「だからもう死んじまっただろ、書類を渡す相手は」
「いえいえ。折角持ってきたのですから、書類は置いておかないと…。そうそう、賭けは私の勝ちですよ、ベル」
「ちっ、しょうがねえな」

既に倒した黒将軍の男のことはどうでもいいらしい。切り替えの早さは戦場慣れした将軍らしいとも言える。
二人の青将軍たちは後方にいるジダンたちには目もくれず、そのまま収容所の奥へと去っていった。

「何とか命拾いしたな。あの二人の将軍は知っているぞ」

傭兵のセイが額の汗を拭いながら言う。

「長髪の方が知将ノースの側近中の側近と言われるカーク。三重印の持ち主でガルバドス国内でも五指に入る印使いだ。黒髪の方が黒将軍ゼスタの側近ベルリック。どちらも青将軍の中では名の知られた実力者だ」
「なるほど…」

青竜の使い手レンディは腕の確かな者達を援軍として送り込んでくれたらしい。もっとも二人の戦いぶりと建物の破壊ぶりを見ると、こちら側の安全には配慮してくれたようには思えないが。

「長居は無用だ、さっさと逃げよう」
「ああ」

万が一のことが起きて、また巻き込まれては叶わない。目的の人物を救出した以上、長居する理由もない。
ジダン達はさっさと収容所を逃げ出した。


++++++


作戦は無事成功した。
最前線で二人の将が積極的に戦ってくれたおかげで、怪我人は出たものの、死亡者は出なかったらしい。
作戦に参加してくれた傭兵たちには報酬の半額が支払われた。残る半分は作戦前に前金として支払われている。
ジダンたちと一緒に戦ってくれたセイも報酬を貰い、満足そうだ。
腕の良い彼にジダンたちは護衛をしないかと持ちかけたが、セイは首を横に振った。彼はこれからウェリスタ国へ戻るという。

「報酬を考えればいい話ではあるが、ちょっと長期過ぎるんだよな。俺はウェリスタに恋人がいるんだ」
「へえ、どんな相手なんだ?」
「コーザって言ってな、聞いて驚け。ウェリスタの近衛騎士様だ。年下でな、良いヤツだ」

照れたように笑い、セイは相手が心配しているだろうから早く帰りたいのだと言った。本来はもっと早く帰る予定だったが、ウェール家の仕事を聞き、報酬が良いのでつい参加してしまったのだという。
普段はウェリスタの王都で仕事をしているので、何かあったら連絡をくれといい、セイはウェリスタ国へ帰っていった。


++++++


(今回の話、助けたのか助けられたのか判らないな……)

シェルはロブの報告を聞いてそう思った。
問題のパッソという将軍を殺したのは青将軍だったという。収容所でも積極的に戦っていたという話なので、こちらとしては助けられたと言っていいような状況だったようだ。
果たして味方殺しとして批難を浴びるようなことにならないのだろうかと不安に思うが、それはないかとシェルは思い直した。何しろ七竜の使い手が後ろ盾についている。レンディはこの国で国王に次ぐ権力を持つと言われているほどの人物だ。何の問題もないだろう。
そしてシェルが調べたところ、青将軍は収容所から捕虜を三人ほど連れ出していた。もしかしたらその捕虜が目的だったのかもしれない。
そう考えるシェルは青将軍の片割れが、筋肉と美貌に拘りを持つ一風変わった人物であり、単に己の好みの男を連れ出しただけであることを知らなかった。

そこへ兄バディがやってきた。

「シェルー、助けたじいさん、体調悪そうだぞ」
「ああ。医師は手配済みだ」

救出したシシ老は環境の悪い収容所生活ですっかり体調を崩していた。救出がもう少し遅ければ危なかっただろう。
幸い、命には別状がないということなので、ゆっくり休養したら体調も回復するだろう。それらの助けはウェール一族が行う予定である。
ガルバドス国周辺の担当者、ウリナは腕のいい人物だ。安心して任せることができる。
そしてシシ老には彼を慕う多くの支援者がいることも判明している。彼等は今回の収容所の一件で多くの仲間を助けることができたことで、ウェール家に恩義を感じてくれているらしい。早速幾つかの商談も入ってきている。

(少々危険な賭けだったがやったかいがあったようだな)

「あと、軍から手紙が来てたぞ。ジダン宛に」
「何だって?」
「引き抜きらしい。是非私と一緒に働きませんかってカークって将軍様から。手紙ではジダンの顔と体がすっごく褒められてたぞ。顔と筋肉が好みらしい」
「……それで?」
「もちろん断りの手紙を書いてたみたいだけどな。いきなり異国で引き抜きされてもジダンだって嫌だよなー」

無口で無表情なジダンも手紙を読んで顔を引きつらせていたらしい。褒め言葉でもありがたくない内容だったようだ。
顔と体はともかくとして、いろんな人物がいるようだとシェルは思った。レンディに会ったときも感じたが、ガルバドスの将軍たちは一癖も二癖もある人物揃いらしい。

「軍からの引き抜きならば軍人として招きたいのであろうに、顔と体を褒めるとは変わった人物だな。顔と体などどうでもよかろうに」

肩の上にいる小竜が心底不思議そうに呟く。
ルーにしてはまともな意見だとシェルは思った。実に同感だ。
そういえばルーにしては今回、珍しく大人しかった。よほど青竜ディンガが苦手なのだろうか。紫竜とは遠慮無く言い合いをしていたので、七竜同士とはいえ、相性があるようだ。

「落ち着いたら次の国へ行くぞ」
「ん、そうだな」

じいさん早くよくなるといいな、とバディが笑う。
旅はまだまだ続きそうである。

<END>