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◆描けぬ声が囁く夜(1)


パスペルト王宮。
その一角でウェール一族の末娘であるクレアは友人や知人たちの話を聞いていた。
王宮に入れるだけあり、クレアの友人知人は皆、貴族の娘である。
クレアたちは庭の一角に設置されたテーブルを囲み、午後のお茶を楽しんでいた。

「パンで想う相手の気持ちを知ることが出来るのよ、知ってる〜?」
「ええ?何それ。そんなのあるのぉ?」
「そうよ。手作りパンを食べてくれる人は将来、夫になりたいって思ってくれている人でー」
「何それ。普通食べるじゃない」
「だからー、続きがあるの。最後まで聞きなさいよっ」

友人達の賑やかな話を聞きつつ、クレアはお茶をそっと飲んだ。
貴族の娘達は定期的にお茶会を開く。
付き合える相手も限られてしまう貴族社会は、限られた世界で限られた楽しみしかできない。
お茶会と言えば上品な集まりのようだが、実態は単にうわさ話に興じるだけである。クレアもそれに招かれていたところであった。
大人しいクレアは聞く一方であったが、それはそれで彼女なりに楽しんでいた。

「やっぱり素敵よねえ、ローシャスさまぁ。ああ、誕生会の招待状欲しいわぁ」

友人たちの中では最年長である18歳のマリーアがうっとりとした様子で呟く。

「人気が高いから、相当な競争率よねえ。やっぱりローシャス様の本命はティーア姫かしらぁ?」

17歳のエマが黒い瞳を瞬かせながら問うと、違うわ、と否定の声が隣から上がった。

「イザベラ姫よぉ。お家柄も公爵家で文句なしじゃない。当人もすっかり婚約者気取りって話だし」

15才のイリーナがそう主張すると周囲も納得顔になった。

「けど、それを言うならオリヴィア姫だってありえなくない?」
「そうよねえー」
「クレアはどう思う?」

この場では最年少である13歳のクレアは戸惑ったように瞬きした。
マリーア、エマ、イリーナはクレアと同じぐらいの家柄の生まれの娘達である。
ようするに家柄も血筋も王宮に入っても不自然じゃない程度という中堅レベルの家柄だ。
ただし、影響力は違う。
家柄は同レベルでもクレアの家だけは別だ。特殊と言ってもいい。
クレアの家、ウェール一族は爵位こそ伯爵家で、直系もいろんな血が混じっているが、『黄金竜の一族』として世界中に支店を持ち、王家も無視できぬほどの影響力を持つ、そんな家なのだ。
第二王子ウィリアムがウェールの後継者シェルと婚約したように、ウェール一族はパスペルト国において、重要視されるだけの影響力を持つ。
クレアはウェール家直系で最年少の娘であった。

(ええと、シェルお兄ちゃんが誕生会の招待状を貰ったって言ってたわ。でも、しかめ面だったってことは良い事じゃなさそう。言わない方がいいわよね……それにローシャス様ってバディお兄ちゃんをお好きのはずだし……)

どういう経緯かまでは聞いていないが、ローシャスがバディに執心であることはクレアも聞いていた。当のバディは露骨に嫌がっている。王家は堅苦しくて嫌なのだそうだ。

(かっこいいのになあ、ローシャス様)

クレアは見目の良いローシャスやウィリアムのような両王子を好ましく思っている。自分の夫でないことは残念だが、純粋に憧れる気持ちが大きい。だから二人がクレアの義兄になってくれるのは大歓迎なのだ。

(何で嫌なんだろ、お兄ちゃんたち)

複雑な事情を理解できないクレアはただ不思議に思うのだった。