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◆竜鱗の害獣退治(17)


大国の王の為に作られた寝室はとても広い。
広い寝室の広い寝台の上で、意識を失って眠っているジョサイアの体を軽く綺麗にしてやった後、ホルドウェイは夜着のローブを羽織り、広い寝台を出た。
王城の中でも高い場所にある王の寝室からは、夜の王都が見える。
平地に広がる王都は王城を中心に放射状に広がっている。その夜景を見るのがホルドウェイは好きだ。地上の星明かりのようなその光景を守らねばならないという意識も高まり、やる気がでる。そのため、天候が良い日は必ず夜景を見るのが日課になっている。
この景色を教えてくれたのは、白竜ホースティンだ。
王になったばかりの頃、悩んでいたホルドウェイに白竜が教えてくれた。

『外を見てみろ。見える明かりの一つ一つが、お前が守らねばならぬ民の命だ』

ホースティンは過去の王に託されたという伝言をその身に記憶しているという。この言葉もまた、ホースティンが過去の王から未来の王へと託された言葉であった。
ホルドウェイが悩んだり行き詰まったりした時、彼は過去の王からの言葉を添えて、ホルドウェイを助けてくれる。
代々の王がホースティンに託してくれたという言葉はどれも重みと実感がある言葉であり、励ましと助けになっている。

ホルドウェイは前王の子だ。
しかし、王の子として認められていなかった。
王が手を付けた女官から生まれた子供がホルドウェイだ。そして王族が手を付けた女性から生まれた子というものは多く、認知されないことも珍しくない。そのため、ホルドウェイもただの女官の子として一生を送るはずだった。あの日、白竜ホースティンに次の王として指名されるまでは。
この国は白竜によって平和が守られている。絶大なる力を持つ白竜がいなければ、多民族国家であるこの国は内乱によってとっくに滅びていたことだろう。白竜が抑止力となり、長き平和が守られているのだ。

白竜によって指名された。

ただそれだけの理由でホルドウェイは平民から大国の王となった。
そのことを恨んだ日もあったが、今はしっかりと受け入れている。
この明かりを守り続けることが今のホルドウェイの使命だ。

そこへ声が飛び込んできた。

『そろそろお眠りにならないと風邪ひいちまうって判ってらっしゃらないのかねえ。陛下は』

護衛であるマーティンの声だ。常に王の側にいる彼はまだ休んでなかったらしい。
こちらからは姿が見えないが、恐らく庭のどこか、こちらが見える位置にいるのだろう。
マーティンはそういうところがある。彼は護衛対象である王の側が、一番気が安らぐという仕事狂の一面があるのだ。
呟きのような声が届く範囲に人影はない。恐らく音を操る能力を持つ白竜ホースティンが、拾った声をわざと届けてくれたのだろう。ホルドウェイが働きすぎるマーティンの身を案じていることを白竜は知っているからだ。

「お前も休め。明日の夜はお前を呼ぶ」

静かな声音だがマーティンには白竜が届けてくれただろう。
例え数キロ先の相手でも簡単に声を届けてくれるのが白竜なのだ。

『気付いていたのかよ、質悪ィ……』

ブツブツと呟く声にホルドウェイは小さく笑うと窓を閉め、寝台へ戻った。
そして片手を軽く胸へあて、目を閉じる。
体が淡く金色に輝き、すぅっと輝きが消えていくと共に体に軽い倦怠感が襲った。
ホルドウェイが持つ特殊な印による能力で、契約する相手に力を送ったのだ。
これは、ホールドス国の王族に伝わる珍しい印だ。
命を繋ぐ尊き糸と呼ばれるこの印は、代々の王に受け継がれる力の一種であり、命の流れが見える力で光の印の亜種になる。
ただし、隔世遺伝で伝わるため、代々の王が必ず持っていたというわけではない。
王の命を守るために命と命を繋ぎ、いざというときは臣下から命を貰うというこの印は、逆にも使える。臣下に力を与えることも可能なのだ。
契約した相手には離れていても力を振るえるため、ホルドウェイは時折こうして力を振るう。
契約した側近達は恐らく気付いたことだろう。
王の身を案じる側近達には喜ばれない行為だが、ホルドウェイは側近達への感謝の意味を込めて、時折この行為を行う。
恐らく側近達も理由に気付いていることだろう。だからきつく咎めてくる者は殆どいない。
例外はさきほど会話を交わしていたマーティンだ。あの護衛は、仕事柄、ホルドウェイから力を貰うことをとても嫌っている。守る側が守られる側に力を貰っていては本末転倒だと言うのだ。
恐らく明日は文句を言ってくることだろう。だがそれもまた甘んじて受けようとホルドウェイは思う。側近からの説教も愛故と思えば悪くない。

「私はお前達を甘やかしたいんだよ」

民を守ろう。そう決意して玉座を継いだ。
大変な日々だったが集めた側近が助けてくれてここまでこれた。
そしてその助けてくれた側近達もホルドウェイが守り愛する民なのだ。そのことをホルドウェイは忘れてはいない。

『そ、そんな恐れ多いことはお考えにならないで下さい!!』
『アンタ、まだそんなことを言っていたのか』
『うっわ、すげえ恥ずかしいんだけど、その台詞!』

独り言のはずの呟きに、思いがけず返答が返ってきてホルドウェイは驚いた。
思わず同じ寝台に丸くなっている白竜を振り返ると、白竜は悪戯っぽくその瞳をクルクルと動かした。ホースティンが勝手に声を契約者たちに飛ばしてしまったらしい。

『お気持ちだけで結構です』
『アンタ、バカだろ……』
『十分甘やかしていただいておりますよ』

それぞれの性格が出た返答に思わず笑いを零すと、隣にいるジョサイアと目があった。目覚めていたらしい。

「愛してるよ、ジョサイア」
「その他大勢と同じだろう?」

いつもの彼らしい毒の効いた台詞にホルドウェイは笑んだ。
口は悪いが目元が赤く染まっているため、相手の内心が伺える。

「お前も私の民だ」

彼を西の地から奪った時から彼の一生を背負う覚悟を決めた。
プライドが高く、無茶なこともやる厄介な側近だ。それでも彼がどんなことをしようと手放す気はない。それらもひっくるめて愛し続けるつもりでいる。

『1、 2滴の毒で殺されぬだけの器を持て。苦みも毒も飲み干してしまえる大海の王となれ』

思い出すのは、過去の王の言葉だ。

「愛してるよ、ジョサイア」

目標とする過去の王に近づけているだろうか。
そんなことを思いつつ、ホルドウェイはジョサイアに口づけた。

<END>