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◆霧の記憶(1)


ディンガルには娼婦街がある。
傭兵が多いこの町では需要が多いのだ。そのため、それなりの数の店舗が軒を並べている。
娼婦を買うのは傭兵ばかりではない。荒ぶる血を抑えるために戦い帰りの兵や騎士は暖かな体を求めるのだ。それが判っているため、施政者の方もきつく取り締まることはなく、暗黙の了解で存在が許されている。

ロイはディンガルの新人騎士である。
金には困らない家に生まれた彼は親から大金を譲られ、ディンガルの士官学校へ放り込まれた。長男のロイは次男に家を継がせるのに邪魔だったのだ。そのことが判っていたため、ロイは遠慮無く金を貰うと家を出た。十代半ばから遊び続けている。
黒髪黒目のロイは容姿もいい男だ。きつい眼差しや冷ややかな雰囲気が女達にはクールに映るらしい。扱いが冷たくても女達は文句を言わずに群がってくる。そのため相手に困ったことはないが、面倒事を嫌う彼はいつも娼婦街で相手を買う。遊ぶのに困らないだけの金を親は譲ってくれたのだ。
そんなロイは同輩に不評だったが、評判を気にしないロイは無関心だった。いつかは戦場で死ぬだろうと思う。しかしそれを恐れたことはなかった。

完全に問題児のロイは教師の頭痛の種だ。
反抗的なロイに手を焼いた教師は優等生のオルスを付けた。


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伯爵家出身のオルスは、いわゆる地元のお坊ちゃまだ。
成績も優秀で品行方正の彼は、優等生そのものだ。
大柄な体格はパワーが出せる。鈍重というわけでもなく、スピードとパワーを兼ね備えた強さを誇る彼は、在学中の今から将来を嘱望されるほど優秀だ。
性格も穏やかで優しいため、同級生は元より、後輩たちから絶大な人気を誇る。

ロイは自分に彼がつけられるまで、オルスのことを気にしたことはなかった。あまりにも優秀な彼は、ロイにとって一種の別世界の人間であり、関わることなどないだろうと思っていたのである。

教師に頼まれたオルスは、ロイに対して、怒ることもなく、行くなということもなかった。
ただ、静かに問うてきた。

「何故行くんだ?」

ロイはその問いに対し、なんて愚かな質問だと思った。
娼婦街に行く理由など決まり切っているではないか。何も知らないお子様ならともかく、自分たちは学生とはいえ、色恋沙汰にも興味がある年頃だ。知らないとは思えない。

「何だ、お前、童貞かよ。いいか、ああいうところはな……×××××で×××なんだよ!」

いわゆる口にするのも憚れる隠語をロイは遠慮無く口にした。
しかし、オルスは怒ることも呆れることもなく、ただ真顔で問うてきた。

「今のは、どういう意味があるんだ?」

あきれ果てたロイが更に言おうとした時、ちょうどそれを耳にしていた同級生が怒ってロイに説教をし始めた。
ロイは面倒くさくなり、そっぽを向いた。

「待て。彼は俺と話をしているんだ」
「お前もお前だ、オルス!あんな奴をお前が相手にすることはないだろう!あんな振る舞いをしていたら、いずれ放校処分になるんだから放っておけ!」

矛先がオルスに向いたことをいいことに、ロイはさっさとその場を離れた。
ロイは士官学校での生活に興味が無く、同級生との関わりも遠慮したかった。
オルスにしろ、他の生徒にしろ、ロイには鬱陶しいばかりだったのである。