文字サイズ

◆聖マイティスの半身(16)


夜間だろうが明かりがなかろうが、小竜には関係がない。
夜空を飛ぶ小竜は、覚えある人の気配を探しながら飛んだ。
グィンザルドは現在、オルスを使い手にしている。そのため、オルスの場所ならばすぐに把握できるのだが、連れのメンバーに関してはそうもいかない。
オルスから大体の方角を聞いたグィンザルドは、幸いにも夜明け前に二人と合流することが出来た。

「あれ、もう戻ったんですか。早いッスね!王都までありがとうございますっ」
「グィンザルド殿、オルスには会ったか?ローウィン様はご無事だったか?」

二人は返り血やほこりであちらこちらが汚れて、凄惨な状態だったが、元気だった。砦に最後まで残り、戦って、敗走している状態だというのに元気だ。基礎体力が相当に高いのだろう。普通の人間なら倒れていてもおかしくない疲労を抱えているはずだ。

「ローウィンとやらは知らぬが、オルスは無事だ。この先にある小さな町にいたぞ」
「あぁ、リッシュの町か。うまくいけば昼には合流できそうだな」
「よかった!」
「ふむ。少し離れているが追っ手がいるようじゃの。数名というところか」
「ここまで追ってくるとは明らかに深追いだな。命令違反する連中はどこにでもいる」
「面倒ッスね、殺ります?」
「私に任せよ。攻撃は不得意じゃが、幻惑は得意じゃ。追っ手には一時的に気が狂ってもらうことにしよう」

神経や精神に作用する技を得意とする黒竜はそのまま飛び立っていき、数十分後に無事戻ってきた。
二人は湖畔で木々にもたれて休んでいた。
交代で眠るつもりなのか、エルザークだけが横になって眠っている。

「お主、顔色がよくないな、大丈夫か?」
「はは、さすがに疲れたッス。武器も使い果たしちゃいましたし」
「武器といえば、ドゥルーガが何かの試作品とやらを一本くれたぞ」
「わ、ありがとうございますっ。あれ?四重印用の武器なんですか?スティール将軍用なのかな」
「お主も休め。見張りは私がしておこう」
「ありがとうございます」

礼を言いつつも顔をしかめたアーノルドに、小竜は眉を寄せた。
ちらりとエルザークに視線を走らせ、眠りが深くなるように技を奮い、アーノルドに向き直る。

「お主、己の体についての自覚はあるか?」

眠るために横になりかけていたアーノルドは苦笑した。快活なアーノルドが滅多に見せぬ表情だ。
エルザークを気にかけるように見たアーノルドに、一時的に眠りを深くした、と小竜は告げた。
アーノルドはエルザークを抱き寄せつつ答えた。

「…知ってるッスよ。前にドゥルーガ殿から寿命を教えてもらいましたから」

胸が痛む感覚は、アーノルドにとって慣れ親しんだ感覚だ。
大きすぎる印は体に負担をかける。幼い頃から知る痛みだ。
成人まで生きることはできないだろう。そう子供の頃から言われ続けてきた体だ。
幸い、運命の相手であるエルザークに会えたことで寿命は延びたが、それまで強い薬を多用し、体に負担をかけ続けてきたことを考えると、到底自分が長生きできるとは思えなかった。
あと10年持つのかな。
そう思っていた頃にドゥルーガに会ったのだ。そして寿命を教わった。

「寿命だと?あやつ、そんなことまで言ったのか?」
「前の世界で剣をもらったのが二年前。そのときに体について教えてもらいました。持って数年、戦い続ければその半分だろうって」

戦い続けたから、俺、あと一年ぐらいしか生きられないんですよね、と言うアーノルドに黒竜は息を飲んだ。
明るく、何も考えていないような青年だと思っていた。まるで子供のようだと。
しかし、無垢であることが特徴の『半身』だ。それも当然なのだろうと思いこそすれ、彼の内面については深く考えなかった。
自分自身の寿命を知りながら、常に笑顔でいたとは思ってもいなかったのだ。

「幸い、今のそなたは肉体の時が限りなく止まっている。その寿命は延びるだろう」
「そうですね、すごく幸運だったと思うッス。もう少し先輩たちといられる。この世界に来たおかげってことは、エルのおかげかな。俺、いつも先輩たちに助けられてるッス。先輩たちがいなきゃ成人前に死んでたはずでした」
「そなたの先輩たちは、そなたの寿命を知っているのか?」
「知りません。でも体に負担があることぐらいは気づいていると思うッス。
エルザーク先輩は印を強化するために、印に印を刻んでます。あれは体にとても負担がかかるため、禁忌に近い施術なんです。国が危機に陥っていなければ医師もやらなかったはず。先輩はガルバドスとの戦いに勝ち残るためだって言ってましたけど、俺の体のことが全くの無関係だとは思えないんです」

そうか、とグィンザルドは呟いた。

「体に痛みがあるということは、そなたの体の『時間』は完全には止まっていないのだろう。とてもゆっくりだが動いていると思え」
「はい」
「じゃが、恐らくそなたの先輩たちは『止まっている』。そなたと彼らは、寿命が違うぞ」

アーノルドは笑んだ。

「一年以上に伸びたんだから、十分幸運ッスよ。カミサマにも大感謝ッス」
「そうか……」

その過酷な運命も、半身である彼に与えられた神々の仕業だと知れば、彼は何というのだろうとグィンザルドは思った。
やはり笑顔で感謝すると言うのだろうか。

「先輩達には内緒にしておいてくださいね。俺のたった一つの宝なんです」
「宝?」
「この寿命のことは、俺のたった一つのつき続けてる嘘なんです。この嘘は俺の宝なんです。だから守り続けないといけないんです。俺が幸せであるために」

お願いしますと頭を下げられ、グィンザルドは頷いた。
そこまで言われるのであれば、協力せざるを得ない。それでなくとも無垢なる半身には、小竜達は弱いのだ。

「幸せになるための努力をしています」
「?」
「俺には時間がありません」
「……」
「でも俺のために死んでくれた人たちがいます。ロイは前の世界で俺を助けるために死んだんです。俺の命は軽くありません。俺は一分一秒でも長く生きなければならないんです」

生きたい。でも、時間がないんですというアーノルドの言葉を小竜は無言で聞いた。

「俺は幸せでいなきゃいけません。俺が後悔だらけで死んだら、先輩達が絶対に悲しむ。でも、俺が幸せなまま死ねたら、先輩達が少しは後悔せずにすむと思うんです。だから、俺が幸せだったと先輩達が言えるように、俺は幸せじゃないといけないんです」
「……」
「俺が死んだら先輩達をお願いします。ずっと一緒にいてくれとは言いません。気が向いた時だけでもいいから、先輩達をお願いします」
「やれやれ。死に逝く者からの頼み事だけは断りきれぬ」
「へへ、やった。ありがとーございます」

おやすみなさい、と笑顔のまま、眠りについたアーノルドの顔を見ながら、いつかこうやって永久に見送る日がくるのだろうなとグィンザルドは思った。
運命を描く神は皮肉屋だと称したのはドゥルーガだったか。絶妙な例えだとグィンザルドは思う。アーノルドの方が完全に時が止まっていたら、皆でいられる時間は遙かに長くなっただろうに。
グィンザルドはこのような場合、どの神に祈ればいいのだろうかと思った。過酷な運命をもたらしたのは神々だ。この二人の幸福も神に祈って通じるのだろうか。そして、幸せになるための努力をしている、と言ったアーノルドの願いは神に通じているのだろうか。
ただ、今の時点で判っていることがある。
この二人に残された時間は、倍以上、違うであろうということだ。

『一年以上に伸びたんだから、十分幸運ッスよ。カミサマにも大感謝ッス』

まともに考えれば、あまりにも寂しく謙虚な言葉だ。
グィンザルドは二人を見つつ、無言で頭を下げた。

神よ、愛し子の声が聞こえたのであれば、この者に時間を。

少しでも長く地上で生きる時を与えたまえ。

<END>

次の話に続きます。