文字サイズ

◆黒き歴史の傍観者(16)


ディンガル騎士団の数は三十名前後。
対するローグ王子らの数は五十名前後いた。
人数でも不利だが、人質を取られている以上、ディンガルの方が圧倒的不利な状況だった。

「行け、アーノルド。叩き込んでやれ」

オルスが囁く。その言葉に応じるようにアーノルドが印を輝かせていく。
一瞬後、放たれた巨大な炎の刃がローグ王子ら一行を真っ二つに切り裂くように襲った。

「何だ!?」
「伏兵か!?」

アーノルドの印攻撃は強力だ。一人で合成技レベルの攻撃力を誇る。
敵が吹き飛んだ隙をオルスとエルザークは逃さなかった。別方面に潜んでいたエルザークの弓がすかさず二度目の攻撃を放つ。
同時に切られても死ぬことがない黒竜が爪でローグ王子の顔面を攻撃し、オルスがローウィンを救出し、ディンガル騎士団へ渡した。

「行け!!ローウィン様の救出が最優先だ!!」

突然の援軍に驚くディンガル騎士団はオルスの言葉に我に返り、急ぎその場を離脱し始めた。

「貴様ら、何者だ!!」

怒りに震えるローグ王子に答える者はいなかった。

「ええ!?俺のこと知らないっ!?」

露骨にアーノルドが驚く。かつての世界では他国からターゲットにされまくっていたのだ。

「いや知らねえだろ、誰も。そういう世界だ」

冷静にエルザークが突っ込む。この世界で知る者がいたらそっちの方が問題なのだ。

「あ、そうか!」
「ふむ…今のところ無職だな」

のんびりとオルスが答えたところで、眼を見交わしたアーノルドとエルザークは印を発動させた。

「「炎蜘蛛陣!!(リ・ジンガ)」」

切り裂かれた地面から吹き出した炎が敵を襲う。
本来の世界なら直撃することはなかっただろう。アーノルドとエルザークが巧みな合成技を使用することは敵国で有名になっているのだ。
しかしこの世界でアーノルドとエルザークの名を知る者はいない。当然ながら敵も警戒していなかった。
それでなくても奇襲で体勢を立て直していないところへ上級印の合成技である。
射程範囲の広い合成技を受けた敵は直撃を受けて、全滅した。


++++++


「お主ら、少しは私に配慮せよ!しっぽが焦げてしまったではないかっ!」

上級印の合成技の直撃を受けた黒竜は盛大に苦情を告げた。言われてみれば確かに尾が煤けているような気がする。しかし元が黒いので言われなければ気付けなかっただろう。

「あー、悪ぃ悪ぃ!けどトカゲ、上級印の合成技で死なねえってすげえぞ!さすが七竜だなーっ」
「当然じゃっ!」

アーノルドの素直な賛辞に小竜は焦げた尾をピンと立てて胸を張った。ちゃんと尾が動いているところを見ると、焦げたところで特に問題はないらしい。
一人と一匹の様子を見つつ、オルスは苦笑した。

「さてこの場を去るか」
「だな、長居は無用だ」

北の大国の王子を一人殺した。この事実が明らかになればオルス達は追われる身になる。そうなる前にこの場を去らねばならない。

「行くなら西か?」
「西だな。ガルバドスの侵攻で今後戦乱が多く起きる」

傭兵としての仕事も多いはずだ。

「…近衛将軍…出来ればニルオス、アルディン、ディ・オンの死を防ぎたいな」
「あぁ。特にニルオスの死を防ぐことができればだいぶ歴史が変わってくるはずだ」

かつての世界では近衛の大敗でウェリスタ国は窮地に陥っていた。

「さぁ行こう、歴史家殿。西の大国が急成長する様を見れると思うぞ」

西の大国ガルバドスは青竜の使い手レンディを得て、急成長するのだ。その事実をオルス達は実際に経験して知っている。
オルスが伸ばした手に黒い小竜は飛び乗った。

「ほほぅ、それは面白そうだな!」

<END>

この三人、紫竜世界(スティールとウィダーの出会い頃)より何年か未来より来ております。