「おい、エド。現場の指揮を頼む。俺は書類を出してくるから」
「判りました」
「働きすぎないでくださいね。ちゃんと休憩時間は部下と一緒に休憩をとって、お弁当もゆっくり食べてくださいね」
「…判ってる…」
「トマのお弁当はおいしいですよ。ゆっくり食べて休んでくださいね」
「…知ってる…」
背後にいる部下のクラップが話を聞きつつ、笑いをかみ殺しているのに気づき、ローは軽く舌打ちした。顔が赤くなっている自覚がある。
実際に仕事をしてみると、エドとトマの二人とは仕事がやりやすかった。二人ともよく気配りができる性格で、出しゃばりすぎず、ローの足りない部分をフォローしてくれる。
アスターがエドとトマは優秀だと言っていたが、その言葉に偽りはなかった。確かに二人は優秀だった。
協力し合うようになってからは、以前よりも順調に仕事がはかどるようになった。
(礼を言わねえとな…)
アスターの言うとおりだった。そこはちゃんと礼をいうべきだろう。
そんなことを思いつつ、アスターの執務室に向かったローは、ノックして開いた扉を瞬間的に閉めた。
「お邪魔しました」
(…今のは…?)
見た光景に思わず閉めてしまったが…。
執務室のソファーでザクセンがアスターにのし掛かっていて、どう見ても情事の寸前に見えた。
「わー、むしろ邪魔しろ!開けろ!助けろ、ロー!」
(かかわりたくない…)
そうは思うが、助けを求められたからには助けないわけにはいかない。
しぶしぶ扉を開いて入ると、諦めたようにアスターから体を離しているザクセンの姿があった。二人とも多少、服が乱れているが、その程度だ。
押し倒されかけていたアスターはやれやれといった様子で襟元を直している。
「あぁびっくりした。ありがとな、ロー。おかげで助かった」
「……あぁ」
何とも答えようがなく、ローがそう答えると、何か用か?とアスターは首をかしげている。つい先ほどまで襲われていたのに、この緊張感のなさはなんだろう。もしかして同意の元だったのだろうかとローは疑問に思った。
「あー、書類か。待ってろ、すぐにサインするからな」
「あぁ……」
待つ間、ちらりとソファーをザクセンを見ると、彼はソファーに寝転がろうとしているところだった。部屋を出て行く気はないらしい。追い出さなくて大丈夫なのだろうかとローは不安になった。
「おい、アンタ。あいつ、追い出さなくていいのか?」
「あぁ。ちょっとした誤解があっただけだ」
「襲われていたんじゃなかったのか?」
「いや、襲われたのは確かだぜ。やばかった」
でも、もう大丈夫だとアスター。
さっきの今で、一体何の根拠があって大丈夫と言い切れるのか、ローは疑問に思ったが、アスターが大丈夫だというのならばそうなんだろうと思うことにした。これ以上わけがわからないことに足を突っ込みたくなかった為である。
幾ばくかの不安を抱えつつも、サインをしてもらった書類を片手に部屋を出ると、通路でシプリに会った。
アスターはいたかと問われる。
「いたぞ。さっきザクセンに襲われていたが…」
「何それ!?」
最後まで言い終わらないうちに走り出したシプリを見送り、ローはまずいことを言ったかもしれないと思い、視線を彷徨わせた。しかし、少し上官の身が不安だったのは確かだ。もし何かあったとしてもシプリが助けるだろう。
(アスター様って良い上官だが、よくわかんねえ人だよな)
兵士っぽいが上官らしくもある。
高位の将らしく堂々としているところもあれば、ところどころが庶民的。
自分の意見を押し通す面もあれば、部下とも対等に喋っている。
とにかくすべてが読み取りにくい、未知数の上官だ。
(だが、いい人だよな)
そう思う。そしてそこが重要だとも思う。信頼できる人物だ。彼にならばついていける。ローが初めてそう思った上官だ。
そうして戻った現場で、ローはアスターは元気だったかと問われ、シプリのときと同じように答え、驚愕されることになる。
<END>