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◆ガラスの鏡(1)


レオニードは士官学校の主席卒業生で新人騎士である。
金髪に近い茶色の髪と青い瞳をした、ややきつめの容姿の青年だ。
友人ハインツと共に士官学校時代は大変優秀で見目の良い生徒として人気が高く、当人たちもそれなりのプライドを持って騎士となった。
そんな二人だったため、配属先にいたエドワールには無視できないものを感じた。
小柄でふわふわした茶髪のエドワールは終始おどおどとしている。その上、お付きの従者までいる始末だ。
終始その従者にかばわれている様子を見て、レオニードたちは呆れかえった。

「あんな奴が騎士だなんて認めねえぞ、俺は!」

気の荒いハインツはそう言い、終始怯えた顔をしたエドワールには睨みっぱなしであった。
ハインツは黒い髪と赤茶色の瞳をした青年で、冷静な性格のレオニードとは正反対の性格をしている。しかし不思議と性格が合ったため、士官学校時代から友人同士だ。
火と風で印の相性もいいため、一緒に組んで行動することが多い。
配属先には新人と兵士あがりの騎士が多かった。隊長も兵士上がりなのだ。
これは運が悪いなとレオニードは思った。
士官学校でエリート教育を受けて騎士となった者ならともかく、兵士あがりでは戦術や状況判断などに信頼が置けない。どうせならもっと信用がおける相手を上司に持ちたかった。
しかし卒業したばかりの新人騎士が人事にとやかく言えるはずもない。今はこの隊で何とか生き延び、異動を待つしかないのだ。
そうして一ヶ月が過ぎた。

「もうやってられねえ!!あんな奴と一緒に戦えるかよ!?」

聞かれても構わないと言わんばかりにハインツが怒鳴る。
無言のレオニードも気持ちが判ると思った。周囲の者達も同じ気持ちなのか何も言わないで呆れ顔でエドワールを見ている。

(無理もないな。ぼっちゃま、ぼっちゃまって終始庇われているようじゃとても一緒に戦場に出る気がしない)

あれでよく戦場を生き延びてこられたものだと思う。まさかお付きの者と一緒に騎士をやっているとは思わなかった。前代未聞のことだろう。
ベテラン兵士たちは何も言わないが、庇いもしない。ただ苦笑顔だ。諦めているのだろうと思う。
当人も騎士になりたくなかったそうだ。だがレンディ黒将軍の気まぐれ人事で騎士になったらしい。いい迷惑だとレオニードは思う。
そこへ隊長のアスターが食堂へやってきた。出陣が近いので準備をしておけという。

「おい、隊長!このお守り付きのお坊ちゃまも連れていく気か!?」

ハインツの台詞に隊長アスターは軽く眉を上げた。

「嫌か?」
「当たり前だろうが!!戦場で泣き出されて目標にされるのはゴメンだ!!足手まといと判っている奴を連れて行けるかよ!!」
「足手まといねえ……」
「気弱なぼっちゃまの面倒なんざ、戦場で見ていられるか!!」
「だが戦場は経験しないと判らないと思うがなぁ」

アスターがのんびり呟いて顎を撫でる。その呑気な様子にはただ見ていたレオニードも苛立った。状況が判っていないのだろうか、この隊長は。やはり兵士あがりの隊長などこんなものだろうかと腹が立つ。
しかしキレたのは親友の方が早かった。短気なハインツは苛立ったように怒鳴った。

「俺はこんな奴と一緒なのはゴメンだからな、隊長!!初陣で死ぬ気はねえんだ!!」

そう告げるとアスターの隣にいた綺麗な容姿の騎士が口を開いた。彼もまた兵士あがりの騎士だという。確か名はシプリアンと言ったか。

「だったら見捨てなよ。わざわざ他人の面倒を見る余裕なんて初陣であるわけがないからね。エドとトマなら放っておいても大丈夫だよ」
「あんた、正気か!?味方を見捨てろだと!?騎士の台詞じゃねえな」

そう告げるとシプリは笑った。

「そりゃ当たり前だね。俺は騎士なんてなったつもりはないよ。なりゆき騎士だからね。心配無用だよ、ひよっこ。すべては戦場で判る。愚痴るなら戦場を見てから愚痴るんだね。地位は同等でも君らの経験は俺たち以下だ」

毒の強い台詞にハインツだけでなく、周囲の新人騎士たちも顔を引きつらせた。

「言ったな!!本気で見捨ててやるからな!!」
「あぁ君らはせいぜい生き延びることだけを頑張りな」

その応酬を隊長アスターがやれやれと言いたげに肩をすくめつつ、見ていた。