アスターが黒将軍になって間もない頃の話である。
アスターが新公舎に選んだ建物はかなり古く、とても傷んでいた。
王都にしては大きく広い建物だが、とにかく古い。見た目は完全に幽霊屋敷だ。
改築前に様子を見てみようと下見に来たのはアスター、シプリ、ザクセン、レナルドの四人であった。
「ふぅん、場所は本当にいいね。軍本営に近いし、大通りのすぐ近くだし、交通の便がよさそう」
「けど予想以上に建物が傷んでるなー。長いこと使われてなかったようだなぁ」
「そうだね。王都の中心部にあるのに何で誰も使わなかったんだろ」
「元はゲイニー侯爵が使っていた建物だ。ゲイニー侯爵の没落後、別の貴族に売り渡されたが、不幸続きで当主がコロコロと変わった。その後、軍で使用することになったが持ち主が5代連続で早死にしてな、使い手がいなくなった」
事情を知るザクセンの説明にアスターとシプリは顔を引きつらせた。
その隣で、あぁなるほどと言わんばかりに頷いているのはレナルドだ。
「ともかく中を見てみるか……」
アスターは軍総本部から借りてきた古い鍵を取り出した。
「待った」
「何だ、レナルド?」
「入らない方がいい」
「けど中を見ないことには、この建物がそのまま使えるかどうか判らないだろ」
とにかく中を見てみたいのだと主張するアスターに対し、レナルドは困り顔になり、ポケットから鈴を取り出した。鈴には綺麗な糸で編まれた紐がついている。
レナルドはその鈴をアスターとシプリの右手首につけた。
「何だこれ?」
「悪霊避け」
「ええーっ!ここ、悪霊がいるのかよーっ!?」
「かなりいる」
「うわ、見た目通りの幽霊屋敷なんだ?一気に入る気が失せたよ。……ザクセンにはつけなくていいの?」
「ザクセンに取り憑いたら、悪霊は消えると思う」
「それはありがたい話だね、是非取り憑いて消えてほしいよ」
一気に険悪な雰囲気になったシプリとザクセンにアスターは困り顔になりつつ、入り口扉へ向かい、扉を開こうとした。
「あれ?なんだこれ?」
入り口扉は鎖で厳重に閉ざされていた。その鎖にはよく判らない植物が絡み、鈴というより放牧用のベルではないかと思われるぐらい大きなベルが鎖に結びつけられている。
古びたそのベルには全面に祈りの言葉らしきものが刻まれている。
「死人使いが施した封印」
「あー……よくわかんねえけど、封印されるほどひでえってことか?……まいったなー」
「トルネードで一気に建物を破壊して、中にいる邪霊も吹き飛ばしたらどうだ?」
「かなりの数の邪霊がいる。うまく破壊できないと逃がしてしまうかもしれない」
物騒なことを言うザクセンにレナルドは大真面目に答える。
かなり厄介なようだとアスターとシプリは顔を引きつらせた。
「ちょ、ちょっと!王都の中心部にある建物をトルネードで破壊できるわけないだろ!周囲に被害が及ぶに決まってるじゃないか!」
「邪霊を逃がしたら厄介。王都は広いから一度逃したら見つけるの無理」
「うーん、よく判らねえが、対策を取ってからじゃねえとこの建物には入れねえってことか?」
アスターの問いにその通りだとレナルドが頷く。
「その対策をお前に任せても大丈夫か?それとも教会などに頼んだ方がいいのか?」
「判らない。あとでここら辺の担当者に相談してみる」
「へーっ、担当者?俺も会ってみたいな。後で連れてきてもらってもいいか?」
「判った」
アスターは建物を見てため息を吐いた。
「まさかこんな問題があるとはなー。改築自体もかなり厄介そうだが、幽霊がでる建物だとは思わなかった。時間が掛かりそうだなー」
「念入りにお払いしてよね。俺、こういうの苦手」
「改築の方もここまで古いんじゃ俺一人じゃ厳しそうだ。タヴィーザに力を借りるか。レナルド、後でタヴィーザも呼んでもらえるか?」
「判った」
「タヴィーザって君の幼なじみだったよね。君のお父さんと一緒に働いてる腕の良い建築士だったっけ。いっそ彼に全部の設計を任せたら?プロなんでしょ?」
「うっ……そりゃずっと第一線で仕事やってきたタヴィーザには負けるけどよー。俺もやりてえんだよ」
「しょうがないね、君は。けどタヴィーザも仕事忙しいんじゃないの?仕事引き受けてもらえるの?」
「あー、今、スターリング黒将軍のところで徴兵中だからスターリング黒将軍の許可さえもらえたら大丈夫だと思う」
ガルバドス国の徴兵期間は18才から30才前後までの間に三年間行わなければならない。
アスターは18才になってすぐに行ったタイプだが、タヴィーザは後になって行ったタイプだ。
「君の幼なじみなんだろ?何で君のところじゃなくてスターリング黒将軍のところで徴兵中なのさ」
「あいつ、お見合いをしたんだよ。そしたらその相手が……」
「スターリング黒将軍だった。現在、仮婚約中」
アスターの言葉を引き継ぐようにレナルドが淡々と答える。
シプリは何とも言えない表情でアスターを見た。
アスターも非常に複雑そうな表情をしている。スターリング黒将軍はかなりの変わり者で有名なのだ。友人の恋人にしたいと思えるタイプではない。
「と、ともかく、タヴィーザを借りてきてくれ、レナルド。これは正式な要請だ。黒将軍の建物の改築だから大きな仕事でもある。タヴィーザにとってもよき仕事になるはずだ!」
「判った。頑張る」