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◆迷闇の門(12)


夜になってウィルフレドは帰ってきた。
出迎えたリーチはアスターが来たことを伝えた。

「あぁ、公舎の方にも連絡がありました。フリッツが見つからないという話でしたが、その後ちゃんと見つかりましたよ。単に仕事で王都を不在にしていただけだったんですよ。アスターの騒ぎすぎです」
「そうか。彼は世話焼きのようだから心配になったんだろうね」
「確かに世話焼きですよね、あいつと茶を飲むとケーキを幾つも進めてくるんですよ」
「ふーん……俺もお前とケーキを食べてみたいな」
「アスター将軍にお勧めの店を教えていただきましたよ。後日一緒に行きましょうか?」
「いいね」

今までは全く出かけようとしなかったリーチの変化にウィルフレドは少し驚いた。

「どういう心境の変化です?」
「うん?」
「ちょっと変わられましたね」
「そうかい?そうだとしたらお前のおかげだよ。ちゃんと抱いてくれたじゃないか」

本当はアスターとの会話のおかげだと気付いていた。
彼が自分のやってきたことが完全な間違いじゃなかったと教えてくれた。
何の意味もなかったと思っていた自分の軍にも存在価値があったのだと知ることができた。

けれど今は目の前の相手に集中していたい。リーチにとってはウィルフレドがすべてだ。これはもう変わらないのだ。

「それはよかった」
「よかったって……お前はどうなんだ?何故俺を抱いてくれた?」
「たぶん俺も同じですよ」
「え?」
「貴方を悲しませたくないと思った。喜んで欲しいと思った。だから抱いたんです。貴方が喜んでくださって嬉しいと思ってます」
「俺のため?」

抱きたいと思って抱いてくれたわけじゃないのかと思い、消沈したリーチにウィルフレドは頷いた。

「そうです。貴方のためです。だから貴方が喜んでくださって嬉しいです」
「だが……俺は……」
「きっとこういう気持ちが好きってことじゃないかと思います」
「え?」
「俺は真面目すぎて、こういうことに鈍いのでよく判らないんですが、貴方に喜んでほしいと思いました。そして喜んでくださって嬉しかった。だから俺は貴方が好きなんだと思います」
「ウィルフレド……お前は俺が必要か?」
「もちろんですよ」
「俺は……ずっと側にいていいのか?」
「はい」
「俺は……図に乗るぞ。ずっと居座るぞ……本当にいいのか?」

ウィルフレドは苦笑しつつ頷いた。

「俺は貴方を性奴隷に貶めてしまったと思いました」
「それは罠に填められた俺がバカだったんだ」
「それでも俺は後悔していました」

ずっと後悔し続けていた。もっとマシな方法で助けられたのではないかと悔やんでいた。

「俺は今の状況は悪くないと思っているが」
「え?」
「お前の側に居れて、お前と暮らしていけるのなら大満足なんだ」
「そ、そうなんですか……」
「そうだ。だからずっとここにいるんだ。居心地がいいからいるんだよ。そうじゃなきゃさっさと出ていくさ。金だってあるんだから」

お前の側がいいから居座っているんだと紅い顔で告げるリーチにウィルフレドはあっけにとられたように相手を見つめた。
そういえばそうだ。リーチは我が儘で傲慢な性格だ。そういった我慢などするわけがない。
不満があるなら遠慮無く言うだろうし、行動もするだろう。ここに居たいから居るのだ。
そして、そんな我が儘なリーチがウィルフレドに抱かれるのは当然それを望んでいるからだろう。
体で抱かれて喜んだのはリーチがウィルフレドを愛してくれている証拠だ。

「俺は……悩みすぎて大切なことを見落としていたのかもしれません」

リーチに悪いことをしたと悔やみ続けていたせいで今のリーチがウィルフレドを愛してくれていることにずっと気づけずにいた。
ウィルフレドがただ振り向いて抱きしめるだけでよかったのに、そうすることが出来なかった。
正面に立って、リーチに向き合うだけでよかったのだ。
そんな単純なことに気づけなかった。
謝れというアドバイスをくれたアスターは正しかった。
人と人との接し方は正面切って話し合うのが一番だ。
あれこれ考えるよりも心から向き合うのが早道なのだ。

(難しく考えすぎていたんだな、俺は……)

そんなことを考えていると、リーチが抱きついてきた。

「なぁ……飯にする?俺にする?もちろん俺だよな?」
「いえ、あの……せめて入浴から……」
「多少汗臭いぐらい気にならないよ、俺は」
「いえ、俺が気になりますので入浴させてください!」
「チッ、しょうがないな」

けど俺も一緒に入るからな、と言われてウィルフレドは内心頭を抱えた。
入浴だけで済まないのは目に見えている。

「ダメです、先に入ってください」
「一緒に入ると言ってるだろ」
「ダメです」

きつく言うと渋々引き下がってくれた。
どうにも主従が逆転しがちな関係なのは、元上司と部下という関係上、仕方がないだろう。

「俺、お前の後がいいんだけど〜……」
「ダメです、先にお願いします」

先に入浴していたら途中から入られることは経験済みだ。

(枯れるまで搾り取られそうな気がする……何とかしないとな……)

そんなことを考えているうちにリーチが風呂からあがってきた。
想いを自覚した途端に、上気したリーチの肌に視線が吸い寄せられる。

「早く入ってこいよ、ご主人様」

艶っぽい声で囁かれ、わざとだと判っているのに気分を煽られる。

「なるべく急ぎます……」

振り回されている。
そう自覚しつつも、魅惑的な元上官をはね除けられない己に思わず苦笑するウィルフレドであった。

<END>