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◆緋〜死の熱を持つもの〜(1)


アスターはガルバドス国の青将軍である。
白に近い色をした短めの金髪と青い瞳を持ち、190cmを超える長身だ。肉付きはそれなりにいいが中途半端で、手足がひょろりと長く、バランスが悪い。くわえ煙草でぼんやりしているように見えるため、やる気があるように見えない。
そんな彼だが、なんだかんだ言いながらも青将軍まで出世した。かかった年数は約10年。徴兵出身であることを考えれば異例のスピード出世だ。
しかし、当人的には常に最前線で扱き使われた結果であって、全くありがたいものではなかった。

「いい建築士になる予定だったんだがなぁ…」

アスターの家は代々建築士だ。
アスターは三年の徴兵を終えて、気だての良い嫁さんをもらい、家族を守って穏やかに暮らすのが夢だった。むしろそれ以外の将来は考えてなかったと言って良い。家は代々建築士で、兄も弟も同じ職だ。兄弟揃って同じ道を行く予定だったのに、アスターだけが外れてしまった。

「それにしても忙しいよなぁ…」

目の前の執務用テーブルにばさりと書類を置かれ、アスターは再度ため息を吐いた。
ガルバドスは色で分けられた三階級の将軍職が有名だ。上から、黒、青、赤となり、その階級色のコートを羽織る。
赤将軍は青将軍直属の部下となるため、上の命令を聞くだけでいいが、青将軍は己の部隊を運営することになる。直属の赤将軍たちの面倒までみなくてはいけないのだ。
最大で3000人の部下を抱える青将軍は黒将軍の命令がなければ戦場に出ることはない。しかし戦場にでないということは出世のチャンスもないということだ。戦いに出れば報奨金が出るし、手当も付く。部隊を円滑に運営していくためにも戦場にでることは不可欠となる。
出世に興味が無く、仕事へのやる気も少ないアスターだが、部下への責任があるとなれば、遊んでばかりいるわけにもいかない。仕方なく、せっせと仕事をしているのである。
もっとも、仕事のほとんどは公共工事関係であったが。

「最近は公共工事以外の仕事も増えてるよなー」
「お前は使い勝手のいい部下だからな」

いつものようにソファーに寝転がっているザクセンが口を開く。
ザクセンはアスターの側近であり、黒髪に青い目をした暗殺者のような雰囲気の男だ。

「そうか?」
「出撃させなくても不満を言わず、地味で面倒な雑務もそつなくこなす。オマケに書類整理が早い。雑用にはこれ以上ないぐらい使いやすい部下だ。ホルグも重宝しているんだろ」
「………は〜、いいように利用されてるよな、俺〜」

アスターは書類整理が得意だ。それは親に叩き込まれたからである。
建築士一家の次男坊である彼は将来独立することが求められていた。そのため、親はアスターに一人でやっていくための知識を叩き込んだ。その中に経理関係や役所へ提出するための書類の作り方なども含まれていた。その時の知識が現在、応用されて生かされている。
ホルグは大ざっぱで豪快な戦士気質の黒将軍だ。破壊力のある攻撃を得意とし、戦場で生き生きと戦うが、書類仕事は苦手としている。そこでアスターにその手の仕事や雑用が回ってくる。軍人の仕事には災害の復旧や地方へ人手が足りないときの応援などもあるが、その手の『戦場外』の仕事は殆どアスターの部隊に回されていた。何しろアスター部隊はそういった仕事が早いのだ。手慣れているため、他よりも早い。そうなると次から次へとそういった仕事が舞い込むようになった。アスター部隊は『雑用部隊』『工事部隊』と揶揄されている。
一般兵からは戦場に出る確立が低い部隊として人気が高い。

(まぁ戦うよりマシなんだけどよ)

アスターの部隊は『雑用部隊』だが『高齢者部隊』であり『新人部隊』でもある。あまり戦場にでない部隊だからいいだろうと他の隊からそういう者達が回されてくるのだ。
そのため、アスターの部隊は意外と大所帯だ。上限の3000には満たないが、それに近い人数がいる。
人数が多ければ、食わせねばならない人数も多いということだ。だからせっせと仕事をこなさねばならない。食わせていくために雑用だってとことんやる。
しかし、兵は増えるが将は増えない。そのせいで幹部が苦労している。

(俺が部下だったら、俺みたいな雑用部隊に所属したかったけどよー)

一般兵に人気が高い部隊というのも判るのだ。
道路の修復とか砦の修復とか、むしろやらせてくださいと言いたいぐらいだ。しかし、アスターが赤将軍だったころは最前線に出まくっていた。今でも生き延びたことが奇跡に思うこともあるくらいだ。なんだかんだ言いながらも生き延びたことによって出世してしまったのだから皮肉なものである。勝てば勝つほど引退から遠ざかるのだから、どうしようもない悪循環だ。
しかしアスターは戦いが得意だ。体の大きな彼は生まれ育った下町ではガキ大将だった。喧嘩を売られることが多く、泥まみれになって帰ってくるのは日常茶飯事だった。成長するにつれて丸くなり呑気な性格になったが、元々、武術に関しては素質があったのだろう。
彼が得た武具の長棒は元々手足が長い彼にとって、とても大きなリーチを与えることになった。オマケに長身なのに敏捷だから敵にとってアスターはかなりやりづらい相手だろう。結果、戦場で鍛えられた彼は士官学校で鍛えられた騎士たちとは全く違った自己流の戦技を身につけ、今に至っている。

アスターがため息を吐いていると、ノックの音が執務室に響いた。
入ってきたのは伝令だった。ホルグからの連絡を持ってきたらしい。

「出陣があるようです。招集がかかっております」
「了解した」

アスターはのっそりと長身を起こした。

「ん〜?ウェリスタ国行きはホルグ様にゃ、お誘いがかかってないと聞いていたがなぁ…」