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◆碧〜枷と咎と〜


もう何十年も前のことだ。
当時のガルバドスの王は、異種族の友を持っていた。
その『友』は、自在に姿を変える体を持っており、ゼリー物体になっていたり、トカゲになっていたりしたが、一番多いのは人の姿だった。
濡れたように艶のある濃紫の髪に、深みある紫玉(アメジスト)の瞳を持つ男の姿を取っていた。
彼は王に『雷竜』と呼ばれて厚遇を受けていたが、その『雷竜』の方は非常に気まぐれで、しょっちゅう城を留守にしていた。

『雷竜は使い手を捜しているらしい』
『それは国内でか?』
『いや、そうとは限らぬだろう。彼らに国というこだわりはないようだからな』
『それはマズイだろう。彼は七竜なんだろ?大きな力を持つ彼らが敵に回ったらどうするんだ、陛下』
『そのときはそのときだ。止めたところで、彼は探すのを止めぬだろう。
彼らはそういう存在なのだ。使い手がいないときは、使い手を捜す。使い手が見つかれば、使い手と過ごす。彼らはそういう存在なのだから仕方がない』

非常に大らかな性格だった当時の王はそう言って笑った。
そして、雷竜もそんな王を気に入っていたようだ。彼は王に依頼を受けたからと言って、ザクセンの元へやってきた。

『武器を作ってやれ、と言われたが……光の印か』

当時のザクセンは、まだ、武術の腕が未熟だった。
ザクセンは王が好きだった。そして、雷竜はザクセンが意識せずにいられないものを多く持っていた。
ザクセンは雷竜が嫌いだった。
雷竜はとても頭が良く、王とも対等に渡り合える頭脳を持っており、非常に指先が器用で、木の切れ端で繊細な彫刻をあっという間に作り上げたこともあった。
優れた鍛冶の腕で、当時のガルバドス八将軍にも顧客を持っており、武具の出来には満足されていた。
そして何よりもザクセンが気に入らないのが、彼の容姿であった。
『何にでも化けられるから、どれも仮の姿だ』という彼の『人型』は、とても良い容姿だったのだ。

見た目の年齢は30歳前後といったところか。冷静さと隙の無さを感じさせる、いかにも切れ者といった雰囲気の男だ。
滑らかで陶器のような透明感のある白肌、意志の強さを感じさせる真っ直ぐな眉に、毛先に癖のある濃紫の髪が顔を縁取るようにかかっている。長さは長くなく、耳に少しかかる程度。
何よりも印象的なのはその目だ。宝石をはめ込んだような輝きのある目は、人の心の奥底まで見抜いていそうな力強さを持っている。

人の姿を取りながら、人にあり得ない色彩を絶妙なバランスで持っている彼は、とにかく人目を惹き付ける容姿をしていた。

『武器は不要だ』

彼の作った物など持ちたくはない。そう思い、答えたザクセンに男は少し驚いたように眉を上げると、それがいいと言わんばかりに頷いた。

『『光の印』保持者なら当然だな。『光の印』保持者に武器は不要だ。むしろ邪魔になるだろう』

まさか肯定されるとは思わなくて驚いたザクセンに対し、相手はあっさりと答えた。

『『光の印』は肉体を強化する印。その爆発的な力は武器すらも破壊する力を持つ。
肉体そのものが最強の武器となる、それが光の印だ。
お前はただ、印をコントロールするだけの力を身につければいい。それが最強になれる最短の道だ』
『お前は王に武具を作れと命じられたのだろう。命令に背いていいのか?』

男はザクセンの問いに呆れ顔となった。

『俺はヤツの臣じゃねえ。ヤツと俺は、鍛冶師と客だ。今回は商談が成立しなかった。それだけだ』

そして男は付け加えた。

『俺に命じられるのは、いつの時代もただ一人、俺の使い手だけだ』