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◆闇〜掟の鎖〜(5)


翌年、レナルドはサビーネと再会した。サビーネは肉体を纏っていなかった。
長はサビーネから別の人物に受け継がれ、サビーネは新たな長とレナルドの来訪を待っていた。
そしてレナルドはサビーネを含む三人の死した同族と共に軍へ戻った。レナルドは闇の印を持つ死人使いであるため、死した同胞達の力を借りることが出来るのだ。
そこでレナルドはアスターの言う『坊』がレンディであることを、サビーネたちの力を介して知ることとなった。

(アスターがレンディを可愛がってくれていたのか……)

暖かな気持ちが胸の中に広がる。
アスターは大きな手で小さな小刀を握り、木片でチェスの駒を彫っていた。
可愛がっている子供のために玩具を作り、将来は一緒にチェスを楽しむのだと嬉しそうに語っていた。その笑顔はレンディによって生まれたものだったのだ。

(一人じゃなかったんだな…)

ひとりぼっちだと思っていた幼子はちゃんと自分を愛してくれる相手を見つけていた。
大人に囲まれ、生死の狭間に生きながら、甘やかし、愛してくれる相手を見つけていた。
サビーネたち、キア族の元長老らも安堵したのだろう。表情が穏やかなものになっていた。

『還るか?』

天へ還るならば見送るが、と告げるとサビーネたちは首を横に振った。

『いや、予定通り、ワシらはあの子と共に還る。あの子が今の際に迷わぬように、いつか来るその日まで待つよ』
『あの子を一人にしてしまったのは、ワシら大人の罪』
『二度とあの子が一人にならぬよう見守り続けるよ』
『あの子がどのような道を歩もうとも、それを見守るのがワシらのさだめだから』

判ったとレナルドは頷いた。

レンディもまた、闇の印を持つ。
ゆえにレンディに気付かれぬよう、遠巻きに見守るというサビーネたちと共に、レナルドもまた軍へ残ることになった。あと一息で徴兵期間が終わる予定だったのに騎士になってしまったからだ。
そのため、レナルドも又、レンディと微妙な距離を保ちながら、彼を見守ることにした。
レナルドがレンディにしてやれることはない。そんな立場でもない。
けれど、ただ見守り続ける愛もあるのではないかとレナルドは思う。離れていても親が子の幸せを祈り続けるように、眼に見えぬ確かなものがこの世にはあるのではないかと思うからだ。
そしてそれは霊も同じだ。
多くの人に霊は見えない。存在も判らない。
けれど闇の印を持つレナルドはその存在を見て聞くことができる。
だから眼に見えぬ確かなものは存在するのだ。

(お前の幸福を祈っている)

あの日生き別れた、年下の子供の幸せをレナルドは祈っている。
彼の殺戮を、残虐な行為を、肯定するわけではない。
ただ彼の幸福をレナルドは祈っている。
彼がアスターに見せていたような笑顔を常に見せていられるような、そんな幸福を掴んでくれるよう祈っている。
そして彼のその血まみれの手が当たり前の幸せを生み出せることに気付いてくれるようにと思う。彼が生み出せるものは殺戮だけではないのだ。それはアスターが見せていた笑顔が証明している。アスターが彼に見せていた笑顔は紛れもなくレンディ自身が生み出せたものだからだ。

(お前の幸福を祈っている)

彼が自ら幸せを生み出せることに気付いてくれればいい。

<END>

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