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◆妖精の伝説


アーノルドはエルザークたちよりも二歳下である。
特例でエルザークたちと同期で入団した彼は飛び抜けた戦闘能力で功績を立て、最年少で隊長位にあがった。
そして今年、普通に士官学校を卒業した騎士の卵たちが新人として騎士団に入団してきた。
元々同級生だったアーノルドよりも二年遅れての入団である。

「……でな、士官学校時代は同級生だったアーノルドが同じ騎士どころか隊長になってるだろ?奴等もショックが大きいわけだ」

今年入団した新米騎士の指導に当たっている友人ジュダックの話にエルザークは相づちを打ちつつ、食後のコーヒーを飲んだ。
食堂はお昼時ということもあり、それなりに混んでいる。

「なるほどな。だがそれだけの功績をあげたわけだから、軍の方としても出世させねえわけにはいかなかったんだ」
「判ってるさ。だが理性と感情は別物というわけだ」
「なるほどな。苦労するな」
「全くだ。ところでその問題のヤツはどこへ行ったんだ?」
「今日は休みでな。オルスと一緒にでかけたようだ」
「へえ…」


++++++


その問題の騎士は夕刻に帰ってきて、エルザークの部屋へ押しかけてきた。

「ただいまー!」
「お前、一体どこに行ってきたんだ?ほこりまみれじゃねえか!」

アーノルドはとても汚れていた。あちらこちらにほこりが付き、髪には蜘蛛の巣らしきものまでひっかかっている有様だ。
顔を引きつらせたエルザークにアーノルドはあっさり答えた。

「お化け屋敷ッス!」
「…は?」
「すごいんスよ、そのお化け屋敷!昔は貴族の方のお屋敷だったらしいんスけど、なんとっ!未来が見える妖精さんがいらっしゃるらしいんスよ!」

エルザークはがっくりと肩を落とした。
お化け屋敷という場所すらどうかと思うのに、でてくるものが『妖精さん』とはなんだ。
ハッキリ言って子供でもある程度の年齢になったら信じないのではないだろうか。
それを隊長位にある高位騎士が探しに行ったというのだ。一体どこからどう突っ込めばいいのか判らない。

「…お前……」

呆れ顔のエルザークであったが、アーノルドの方は話したくて仕方がないという様子で目を輝かせている。
ハッキリ言ってお化け屋敷にも妖精にも全く興味がないエルザークであったがアーノルドはしつこい。適当に話をさせた方が早いと知るエルザークは、剣の手入れをしつつ、適当に相づちを打った。

「それで妖精だかは出たのか?」
「出ませんでした。けどストーカーが出たッス!」
「そうか。………あ?ストーカー?」
「オルス先輩のストーカー男がでたんですよ!その屋敷でっ!あんまりしつこいんでオルス先輩に抱きついて見せつけてやったッス!」
「……抱きついて。それで諦めてくれたのか?」
「いえ、なかなか諦めてくれなかったんでラブラブシーンを見せつけてやったッス」
「へえ…ラブラブ……どんな?」
「えーと、ほこりまみれでしたけどベッドがあったんでそれっぽい感じを演出してやったッス。オルス先輩もなかなか迫真の演技ですごかったッスよ」

アーノルドは上機嫌に説明した。

「ほぉー………オルスと、ベッドの上で………」

そこでようやくアーノルドはエルザークの不機嫌に気付き、青ざめた。

「え……えーっと……」

思いきり顔にヤバイと書いているアーノルドにエルザークは怒りを込めて綺麗に笑んだ。

「お前の相手は誰だ?」
「えっと……エルザーク先輩ッス」
「そうだよなぁ?俺だよなぁ?オルスは同じ先輩ではあるが、違うよなぁ?」
「…はい…」
「ストーカー撃退だか何だか知らないが、お前がそのつもりなら俺も同じように好き放題させてもらうからな!あぁお前などそこらの市場で叩き売りしてやりたいぐらいだ。運命ってのが変えられるなら遠慮無く変えてもらうぞ、俺は!」
「わーっ、先輩、駄目です、俺以外の人と遊んじゃ駄目です。すみません、ごめんなさい、俺が悪かったですっ!!」
「だったら、城の井戸より深く反省しろ!!オルスだろうが誰だろうが、抱きつくな、口づけるな、遊ぶな、判ったか!!」
「いくら俺でもそこまでしてなぃ……あ、すみません、ごめんなさい、反省しますっ!!」

その時、ノックの音が響き、オルスが入ってきた。

「二人とも、静かにしろ。うるさいぞ」

オルスは消沈しているアーノルドに気付くと怪訝そうに首をかしげ、手を伸ばすとアーノルドの頭をクシャリと撫でた。

「入浴は済ませたか?汚い屋敷だったからな、入らないと駄目だぞ」

その様子を見て、エルザークはため息を吐いた。

「おい、オルス。お前もこいつのバカに付き合うな。わざわざ幽霊屋敷なんざ一緒に行ってやる必要はないだろうが」

どこまでこいつに甘いんだと思いつつ苦情を告げると、オルスは軽く目を見開き、ちらりとアーノルドを見ると笑いながら答えた。

「その屋敷、ただの幽霊屋敷ではなくてな。いや、ただの幽霊屋敷なのかもしれないが、妖精に会い、頼み事を聞いてやれば運命の相手が誰か教えてくれるらしい」
「……ほぉ?それでこいつは俺が運命の相手か、確認に行ったと…?」
「ち、違いますっ!」

エルザークの声に怒りが籠もったことに気付いたのだろう。慌てた様子でアーノルドが否定する。
オルスは呑気に笑った。

「いや、俺の相手を調べようと言ってくれてな。自分はエルザーク先輩に会えたから助けられた、と。だからオルス先輩の相手の方も探そうと言ってくれたんだ」

少し驚いてアーノルドを見ると、アーノルドは隠し事がばれたような、少しバツが悪そうな顔で頭を掻いている。アーノルドなりに照れくさいのだろう。

「結局会えたのは関係のない男だったがな」
「めっちゃくちゃ迷惑な男だったッス」
「そんな屋敷にのこのこと行くからだ。真面目に考えりゃ廃屋とはいえ、不法侵入だろうが。妖精とやらにも会えなかったのなら、それもまた一つの運命なんだろ。そもそも妖精なんかに頼まず、自力で探せ。それに万が一見つかってもこいつみたいなのなら、苦労百倍だぞ、オルス」
「先輩酷いッス!」
「本当だろうが。迷惑かけていないと言い切れるのなら言ってみろ」
「う〜っ」

二人のやり取りを笑みを浮かべながら聞いていたオルスはそのまま部屋を出つつ、口を開いた。

「では、俺も部屋に戻るが……二人とも、角部屋とは言え、隣の俺の部屋には意外と聞こえるからな、気をつけろよ」

パタンと扉が閉まる。
部屋に残された二人は顔を見合わせた。

「……意外と聞こえるって何が聞こえるんスかね?おしゃべり?」
「………だったらいいがな……考えたくねえ………」
「俺の部屋は角部屋じゃないから、両脇に部屋あるし……ってことは俺の部屋の場合は両脇の部屋に聞こえてる?」
「考えたくねえって言ってるだろ、アーノルドっ!深く考えるな!」
「えー?それって俺まで考えるなって意味ッスか?」
「ともかく俺は今夜、一人で寝る!お前は部屋に戻れ」
「えーっ。先輩が俺は明日が休みだからしようって言ったんじゃないスか。俺、楽しみにしてたのに。静かにしますからしましょーよー」
「現時点で静かにしてねえだろうが、信じられるか!」

なんだかんだのやり取りの後、エルザークは諦めたようにため息を吐いた。
こうなったら何とか静かにヤった方が早いだろう。この子供のような後輩は変にしつこいのだ。

「いいか、すっきりさっぱりあっさりやるぞ」
「何の運動ッスか、それ。そんなの嫌ッス。色気の欠片もない…」
「俺に色気なんか求めるな。嫌なら止めるぞ」
「えーっ……もー、オルス先輩、恨むッスー……」
「いつも世話になってる相手に対して失礼なこと言ってるんじゃねえ」
「うー…」
「つーか、お前、マジでほこりまみれだな。ともかくヤりたいならまず風呂に入ってこい!」

結局、いつもどおり賑やかな二人であった。

<END>