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◆収穫祭の夜<5万ヒット記念小話>


収穫祭はどこの地方でも行われる一般的な祭りだ。
サフィールの地元でも例外ではない。
小さな町の広場では複数の大きな焚き火を取り囲んで、皆が飲み交わしている。
サフィールは若者が集まる場所でマイペースに麦酒を飲んでいた。
彼の隣ではラジクが淡々と薬草酒を飲んでいる。
くせのある薬草酒は一般的には好まれないのだが、ラジクはこの味が好みらしい。
サフィールの運命の相手はやや離れた場所にいる。
明るく陽気な性格のフィールードはいつも集団の中心にいるような人物だ。
人気が高い彼は求婚者も多く、サフィールが運命の相手と判ったとき、サフィールは随分恨まれたものだった。

「…彼は元気か?」
「あぁ。相変わらず軍の幹部なんかやってやがる」
「…それもまた、彼の運命なのだろう」
「俺としてはそんな運命、クソ食らえって気分なんだがな」

サフィールは運命という言葉が嫌いだ。
その運命が兄を自分の元から引き離してしまったのだ。
兄はその運命を受け入れ、自らの道を歩んでいるが、サフィールとしてはそれも不満だった。
人を救うべき薬師の生まれである兄が、人を殺す軍人という職を選ぶなどどういう狂気の沙汰だと思うぐらいだ。
しかし、呑気そうに見えて頑固な兄だ。運命を受け入れる選択をしたのなら当分の間、帰ってくる気はないのだろう。

隣に座ったラジクが空を見上げて立ち上がった。

「帰る」
「早いな」
「明日はリマ村へ行かないといけない」
「ああそうだったな。じゃ気をつけて」

ラジクが帰ると一人になった。
フィールードの元へ行ってもいいが、あの騒ぎの中へ後から入るというのも気が引ける。賑やかなことが好きというわけでもないので尚更だった。
むしろ老人たちのグループに入って、飲み過ぎるなと説教でもしてやろうかと思っていると、当のフィールードがやってきた。
アルコールのせいだろう。整った顔が頭部のバンダナのように赤くなっている。

「サフィ。へへ〜、やぁっと二人きりになれたな〜」

ラジクのやつが邪魔してやがって、などと真っ赤な顔で言うフィールードにサフィールは呆れた。
最初から人に囲まれていて、こちらに近づいてもこなかったヤツが何を言っているのか。ラジクだって自分たちが揃えば場を外すぐらいの気は利かせてくれたに違いない。
そもそも普段は二人でいるのだから、こういう場ぐらい、二人でいる必要はないのではないのだろうか。

「呑もうぜ〜」

フィールードが持ってきたのは乳酒と果実酒だった。
サフィールは甘い酒があまり好きではないので迷惑だった。
相変わらずこちらの好みを覚えないヤツだと思っていると、フィールードは上機嫌で杯を空けている。

「お前そろそろやめておけ」
「なんだよ、全然呑んでねえだろ?」
「今まで呑んでいただろうが。」

おーい、フィー!こっちへ、来いよーと遠くから呼ぶ声がする。
サフィー、今日ぐらい、フィーを貸せよーと遠くから怒鳴られている。
人気者のフィールードだ。皆、フィールードと一緒にいたいのだろう。

「ほら、行ってこい。俺は飲み過ぎたからそろそろ帰る」

嘘だった。酒に強いサフィールはまだまだ飲める。
しかし疲れていたのも事実だったので、帰ることにした。
顔は出したし、それなりの時間が経っている。そろそろ帰っても大丈夫だろう。

「じゃあ俺も…」
「お前はまだいろ。呼ばれているだろうが」

そう告げるとフィールードは苦笑した。

「そうだなぁ。けど俺はお前と居たいんだ、サフィ」
「……」
「お前は冷たくて淡泊だな。いっつも俺ばかりが求めてる。だから俺はいつも足りない知恵使ってどうやってお前を誘おうかとか、気を惹こうかって必死なんだぜ。今日はいい口実になると思っていたからずっと期待してたのに、相変わらずお前は俺のところに来てくれねえし、ずっとラジクと二人きりで居るし、誘いにくいったらありゃしねえ」

人がいるところで誘うとお前は嫌がるし、とフィールード。


「いつも言ってるだろ。俺はお前と一緒にいたいんだ、サフィ」
「……」

無言のサフィールに拒絶されたと思ったのだろう。フィールードはサフィールを伺うように見つめ、諦めたように小さくため息を吐いた。
サフィールとしては拒絶しているつもりも、間を空けているつもりもなかった。単にサフィールが欲する前にフィールードが来てくれるだけだ。そのため、誘う機会も少ないままだったのだ。
しかしそんなことを知るよしもないフィールードは困ったように髪を掻き上げた。明るい茶色の髪が乱れ、バンダナが地面に落ちそうになる。サフィールは手を伸ばすとバンダナを取った。

「あ……サフィ?」

そのまま踵を返すとフィールードが慌てて追ってきた。

「何だよ、フィー!もう帰るのか!?」
「悪い!また今度な!!」

遠くからの罵声に返答するフィールードの声は明るい。

フィールードはいつも黒や赤のバンダナを頭にしている。
サフィールがフィールードのバンダナを外すのが二人の間だけで通じる無言の合図だ。

『サフィール、お前はもう少し喋りなさい』

遠い昔、そう告げたのは母だ。

『もうスティールはいないんだから』

双子の兄とは何も言わなくても通じていた。視線だけで兄は判ってくれた。
案外世話焼きで器用なところのある兄はいつも要領がよかった。食事にしろ、何にしろ、サフィールの分まで準備してくれたりしていたので、サフィールは自分の意志を伝える必要がなかった。
そのことを自覚したのは兄がいなくなってからだった。
存在感がなく、目立たない兄だった。
けれどいなくなるとすぐに判る。そんな兄だった。

(けどこいつのことだけはスティールに甘えるわけにもいかないか)

兄と離れて暮らすようになり、もう十年近くが経つ。
一人で生きるのもすっかり慣れた。
けれど言葉が足りないのは相変わらずのようだ。なかなか自覚できず、気付けないけれど。

「フィー、来年辺り、結婚するか?」
「!!!!……ああ!!」

今度兄が帰ってきたとき、あの小さいけれど態度はでかい小竜に指輪を頼んでみようかと思う。
兄の軍人という職をどうかと思うという点について、気が合う相手だ。きっといい指輪を作ってくれるだろう。
スキンシップ好きな相手が飛びつきたいけど飛びつけないという様子なのに気づき、サフィールは自分から腕を伸ばしてフィールードを引き寄せた。

<END>

スティールの弟サフィールと幼なじみフィールードの話。
スティールが私生活で器用なのは普段から弟の分までやっていたので要領がいいというわけです。
そしてフィールードはスティールたちより二つ上。
年上の幼なじみと一緒に過ごす時間が長かったので、年上相手に免疫がある、というわけです。(一つ上のカイザード相手にあまり物怖じしていない理由がここにあります)